2005年01月10日

成人の日 ~三十にして立つ~

 今日は成人の日で、各地で式典が催されたことと思う。思い返せば私も10年前、地元の会場で行われた式典に参加した。あの頃、再会した旧友たちとは、あれ以来10年も会っていない。独立した者や家庭を持った者、ニートを続ける者、おそらくそれぞれの道で活躍してるのだろうと思う。

 そんな私の世代は、今年30歳になる。男の30歳と言うと、ハタ目にはどう映るだろうか?
孔子は論語の中で、「十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲するところに従へども矩をこえず」と言った。

 30歳、三十路を起点として、15歳のときに学業に力を入れなかった者でもいい加減どうにか自立したいと思うだろう。それが独立なのか家庭を持つことなのか家を建てることなのかは分からないが、いずれにしても今年20歳の成人式を迎えた新成人の新鮮な気持ちに負けないように頑張らなくてはいけないと思う。

 もちろん新成人だろうと、30歳だろうと、いつの年齢だって新たなスタートは切れる。ただ、「いつでもスタートは出来る」という心持ちと、「いつまでにスタートする」という心持ちでは、その後を大きく変えてゆくことだろう。

 今年の9月にはスタートさせてみせる!
今はまだ右も左も分からないが、20歳の新成人のほとんどだって、同じ心持ちで社会に出てゆくのである。それから10年も多く生きている私が、たった10年の経験でしかないが、全く同じ不安を抱えているというのもおかしな話ではないか――。とにかく目標達成のために頭と体をフルで動かしていかなくてはならない。

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2005年01月05日

今日から仕事始め。複雑な心境だ。

 今日は仕事始めの日だった。決算期が3月にあるので、会社的に言えば第4クォーター突入である。昨年末は繁忙を極め、もともとおとなしい人が多い職場であるのに、各自主張が強過ぎて、もはや「責任感」を通り越して「自分はきちんと仕事をやっている」といった防御線の張り合いで終わったかのようでもあった。こんな小さな組織でさえ、きちんとしたチームワークが組めない。元凶はどこにあるのか――。

 いろいろ原因はあるのだろうが、各部署間での連携を図ることが大前提にあるのに、その割には会議というかミーティングの回数が少なかったように思う。早速、今日は役職者だけでのミーティングが行われた。役員以下数名の小さなミーティングである。
 正月をじっくり休んだ各部署の責任者からは、各自溜め込んでいた不満や打開案のようなものが次々と出てきた。これは決してジャストアイデアなんかではない。普段から抱え込んでいる問題意識と、どうしたらそれを解決できるのか?という自問につぐ自問が、正月休みを挟んで論理的に分析できた結果なのだと思う。

 「考える仕事」と「手足を使う実務」、これらを同時に行うことは結構な能力が要される気がする。制作に携わる者宛に言い換えれば「クリエイティヴな仕事」と「オペレーション的仕事」の違いである。忙しければ忙しい程視野は狭くなり、目先の問題をクリアすることに焦点が置かれるようになってゆく。これは決して間違った判断ではないのだが、会社として良い風潮なのかどうかは疑問だ。ただでさえ、私のいる会社は、ただ考えているだけで給料がもらえるような会社ではなく、まだまだみんなで力を合わせて頑張ろうという小さな組織なので、もちろん経営企画だとか事業推進といった役回りにあたる部署もない。誰が考えて、誰が遂行するのか?それは全員が出来なくてはならないのである。しかし、おおよそのベクトルは同じ方向を向いていても、やはり人によってそのプロセスに違いがある。そこがいつも衝突してしまう由縁である。「平和のために戦う」のか、「平和のために戦わない」のか。少し強引だが、会社を良くするために「利潤追求のために営業重視でゆく」のか、「顧客満足度の向上のためにフォローアップに費やす」のか――。

 昔どこかで読んだことのある記事の中に、どこで読んだものか出典を忘れてしまったのだが、面白い話があった。およそあらすじは以下のようなものだったと記憶している。

 ――昔の中国に強い武将がいた。次々と列強の国を攻め、戦には勝っていったのだが、その横暴なやり方に嫌気を指す配下が増えてきていた。そこへ忠臣であった配下の一人が、戦に勝って自信に溢れかえり、なおも無理に戦を仕掛けようとする武将に対し「馬上にいて天下がとれたとして、馬上にいたまま治世ができますか?」と戒めたところ、その武将は心を入れかえて家来や農民への還元をおこない続けるようになり、その国はさらに富んだ。

 ――といったような話であった。史実に基づいた話なのかどうか、また誰が言ったなどは不明瞭だが、おおよそそんな内容であった。

 今私たちは、社員やクライアントでさえも懸念する拡大路線の戦略に懐疑を持ち始めている。確かに会社が潤わなくてはクライアントも潤わないのは事実である。しかし、会社が潤うための方法は一つではない筈だ。各自がそうした意識を持って職務に取り組めば、誰かしらが必ず問題点に気づき、誰かかしらが打開策を出し、誰かしらが行動をもって打破し、皆がその壁を乗り越えてゆけるようになるだろうと信じている。そして、こうした一連の取り組みに対して、いかに真剣に臨めるか、それから自身の力量を試す機会を増やせるかがキーになってくると思っている。

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2005年01月02日

退職して独立か?週末起業か?様子見か?

 「自分の理想の生き方は?」など哲学したところで、精神的な糧にはなっても生活の糧にまで昇華するには自分の能力は足らなさ過ぎる。幸い今私が置かれている状況は、少し前までの社会で言い古された「食うために働く」という貪欲さは必要とされていない。それが幸か不幸かはまだ自分にも分かっていない。

 私には今定職がある。しかし家庭はない。年齢的にも良い転機ではある。実際、今勤めている会社も言ってみればベンチャー企業で社長も若い。若い人が起業するのに一般的にネックとされるのが、「人脈」「資金」「経験」「知識」「人格」だと言われる。

 そういえば、私が大学を卒業してすぐの頃、渋谷がちょうど「ビットバレー」などと呼ばれて、多くのイベントが催されたり大型の異業種交流会も目立つようになり、私と同世代の方が多く起業されたりしていた。

cf.起業家たちの梁山泊「ビットバレーが燃えた夜」

 記憶に新しい、楽天三木谷氏やデジハリ杉山氏、その他CCCや今はなきデジキューブの社長なども駆けつけた上記のイベントでは、孫正義氏が起業に必要な要素として、「志」「アイデア」「仲間」「資金」を挙げている。

 先に挙げた要素に関して言えば、私にとってはどれも不足している。唯一やりたいこと、やり遂げたいことに関しては、まだ夢物語のように漠然としかしていないのだが、あるにはある。ただこのままでは、子供の考えるような「夢」と大差ないし、道楽だと言われても仕方がない。

 なにせ、この時代にあって自分の考えていることの第一優先の目的が「利潤の追求」ではないのである。ましてや組織を大きくしたいだとか、そうした気持ちもない。それではボランティアなのか?NPOを目指しているのか?

 今、新たに規制緩和のあった「最低資本金制度」を利用して起業する人が増えているという。関連書籍も多く出始めていることもあって、流行を知るのに書店はある意味便利である。

 自分の目標を叶えるためには、どうしても資金(収入)が必要である。それは将来のクライアントに対する最低限の保証であって、余裕を持った失敗や撤退なら構わないが、長期的な運営を約束できないビジネスだったら手を出したくない。

 今起業をしようとしている人、起業したばかりの人、起業してうまくいかなかった人、うまくいっている人――、それぞれどのような気持ちで自分の夢に取り組んでいるのだろうか?生島ヒロシ氏が独立したばかりの頃、それまでの「不満」が「不安」に変わったという。小さな組織では、会社の命運が自分の生活にも直結するという点で、ある意味人生の賭けであるように思う。しかも一旦手を出したら後には引きづらいものもある。

 こんな不安そうにしている私を見て、今の上司はどう思うだろうか?そんな気持ちならやめた方がいいと経験則から言うだろう。しかし、彫刻家のブランクーシが師であるロダンの元を去る際に言ったとされる「大樹の陰には何も育たない」という言葉に触発され、もし今「決断」するとするならば、まずは自分の率直な思いを伝えるしかないと思った。そしてそれは、正確に裏づけされた自分の夢の具体的構想なしにはあり得ないことだとも思った。

 今の仕事、今自分が置かれているポスト、与えられた職務etc……。まだまだ未熟な私だが、最近はまるで卒業試験であるかのように、様々な決断を迫られる場面に出くわすことが多い。上司にも焦りがある。このような未熟者の私が、この年齢にもなって独り立ちできないことへ対する自身のプロデュース力に対してだ。仕事での恩は仕事で返したい。口先だけだった私が証明するために必要な行動――、それは果たして、退職して独立か?週末起業か?様子見か?どれを選ぶことなのだろうか……。愚かな自分へ対する愚問は尽きない。

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2005年01月01日

新年事始め ~「まずは始めてみようと思った」~

 随分大それたことを思いついてしまったものだ――。

この私が何か一つ社会貢献をしたいと思い立ってしまった。何から始めるのが良いか?この自問は既にここ数年おぼろげにだが考えてはきたつもりだった。机上の空論で終わりたくはなかった。まずは母校周辺のまちづくりに協力することから始めよう。今日このブログを立ち上げたのは、そのための第一歩だと思っている。

今まで四半世紀以上も生きてきて、やっと自分のやりたいことが何なのか、うっすらと見えてきた気がする。ただ中途半端な気持ちで始めても、そこに信念がないのなら、おそらく誰からの支援も受けられないだろうと思う。

まだ何も形に示しているわけではないので、これを読んだ方が単なる妄想家の戯言としか見ないことは承知している。ただ自分の中で何か釈然としないものがあって、それを振り切るためのものが公言であって、自分の中でのマニフェストだと思っている。自分に嘘をつきたくないのは誰もが思うところであって、それは私も同様である。

ブロードバンド元年から4年、いまやインターネットも成熟期にさしかかり、SNSサイトを中心として、いわゆるコミュニティビジネスが本来目的とされた信頼を取り戻そうとしている。情報化社会をそのまま自分流に編集し直し、80年代後半を過渡期として沈滞下降し続ける日本の夢見た文化的な社会を、いつの日か自分なりの形で表現したい――、そういった思いで今、特定のジャンルに絞ったサイトを構築中である。

人様にお見せできるようになるまでは何の信頼もない発言だが、将来の賛同者を常に頭の中で具体的に思い浮かべながら、それを励みに頑張りたいと思う。

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2002年11月24日

グランドキャバレーと呼ばれていた時代。

 私にはそのようなお店にあまり縁がないので、今でもそのように呼ばれているのかどうかは分からない。

 以前にどこかの速報に掲載されていた大手検索ポータルサイト「エキサイト」内の新コンテンツ「イズム」内で特集されていた「グランドキャバレー2002」を見た。

 「銀座白いばら」という名前に惹かれて見た。学生時代、アルバイト先の上司に連れられて歩いた夜の銀座界隈。当時はまだ私も、新しいものやモダンなものばかりを追いかけるミーハーな一学生であった。初めて「白いばら」の外観を見たときは、正直「なんだか古臭いお店だな」としか思わなかった。どんな人たちが利用しているのかさえ想像つかなかった。やがて流行や斬新といったもの以外にも、伝統や格式といったものに価値を見出すような感覚が少しづつ備わっていくと、軒先に掲げてある看板や日本地図が放つ、あの独特な、言い様のないノスタルジーのようなものを若干は理解できるようになってきたものだった。

 最初に断っておくと、もちろん高級店「白いばら」に入店したことなど一度もない。ただ、この「イズム」内に、もう一つ興味深い文字を見つけたので書くことにした。それは「福富太郎」の文字であった。

 ページ内では「キャバレー文化生き証人」という肩書きが付いている。河出書房新社より、『昭和キャバレー秘史』という著書を出されているが、私が知ったのは鹿島茂氏の『この人からはじまる』(小学館)の中であった。
 学生時代より各所のキャバレーのボーイなどを勤め、今では都内各所にあるキャバレー「ハリウッド」チェーンを展開する、生涯現役のキャバレー経営者である。
 東京オリンピックの年(昭和39年)に、銀座に女の子1000人がいたという「銀座ハリウッド」をオープンさせたらしい。当時のキャッチコピーは「おどろくなかれ、万里の長城、戦艦大和、銀座ハリウッド」で、当時の巨大なものと並列させることでその規模を形容していたようである。

 先述の『昭和キャバレー秘史』の中で、福富太郎氏の意気込みが書かれている。

「私にとっては、"キャバレー"ほどいい商売はない"のである。もう一回生まれてきても、私はまたキャバレーをやるだろう」

 これが、「私にとっては、"キャバレー"ほどいいお店はない"のである。もう一回生まれてきても、私はまたキャバレーに行くだろう」になってしまう私どもとの大きな違いなのだろうと、福富太郎氏の生き様の書かれたそのWEBページを食い入るように見つめながら、過ぎ行く連休最終日の夜を名残惜しそうに憂う、今夜の管理人であった。

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2002年09月11日

失われた"動機"を求めて――。

 音楽用語に「動機(モチーフ)」というものがある。

 これは一般に、テーマ(主題)を構成する最小限の音楽単位である旋律のこと言う。広義にリフなどを意味することもあるが、主にはメインテーマまでの布石、きっかけとして用いられる用語だと思っている。

 リルケの詩に、「音楽」の起源が記されていた。
ギリシャ神話の挿話中、オルフェウスの弟として描かれる音楽家のリノスがヘラクレスに殴殺された際、リノスの死を悼む人々の慟哭が響き渡ったものが音楽となったというものである。

 物事には必ず、これらのように何らかの「動機」がある筈である。動機によって、その後を構成する主題が決まると言っても過言ではない。動機に裏づけされていない行為はミステリアスだが、音楽の個人的趣味に限って言えば、動機の不明なメロディーほど理解に苦しむものはない。

 最近に限ったことではないが、バラエティーやルポを題材としたテレビ番組の構成等によく見られるが、明らかに結果があって番組が構成されているかのような編集が多々ある。将来の設計に悩む若者に対するゲストコメンテーターの言葉も、妥当な意見を述べるので一見正当なものに見えるが、よくよく考えてみると結構無責任なものだったりすることが多い。これは番組の主旨が、あらかじめ「目的意識のないフリーター生活を早くに脱却して、きちんとした社会人になれば夢が叶う、もしくは夢を貫けばフリーターからでも憧れの仕事に就ける」といったような「主題」を元に構成されるから、そういった表面上だけの、見え透いた中身になるのではないか?と推測する。

 何か事を起こそうとするときには、必ず動機付け(モチベーション)というものを欲する。これがないまま闇雲に行動すると、後々空虚な思いを抱くようになることが少なくない。

 企業でも個人でも、創始者や自我の持つ動機を忘れ、ただ「主題(現状)」と「結果」だけを追い求めた結果、展開はあらぬ方へいき、ポリシーや本心に反する行動に出たりすることがあるのではないか?

 「何かがおかしい」「どこか変だ」

 皆、何となくは気が付いていても、全体的なゆっくりとした情勢や感情の変化が、その間に起こる重要な異変について感知するのを遅らせる、ある種の麻痺状態を引き起こす。

 何かを作り上げては壊し、作り上げては壊し……、人間は何かを壊してからでないと、新しいものを作り出すことが出来ないくらい、初めて火を起こした時代からしばらくの時を経て創意工夫の精神を忘れてしまったのか、それとも余りに多くの発見をし過ぎてしまったのか……。そんなことを考えた一日だった。

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2002年09月10日

よりメンタルに、よりエモーショナルに……。

 「願ったことはいつか必ず報われる!」
――そう信じて物事にあたっていくことは決して無駄ではないように思う。

 学生時代に読んだ本で、気に入っているもので【『類推の山』/ルネ・ドーマル著】という本がある。たとえ結論が最後に出なかったとしても、確信を掴んだ事柄に際して、とことん突き進む姿勢には心打たれるものがある。

 今日読んでいた新聞に、私の好きなチョコレート菓子「白い恋人」を長年作り続ける北海道の石屋製菓の社長、石水勲氏のインタビュー記事が出ていた。

 その中で社長は言う(正確な抜粋ではありません)。

「笑う人もいるかもしれないが、お菓子を作るときに私は従業員に対して、"もっと美味くなれ!"と念じながら作るようにと指導しています」

 ――というものだった。

 私はもちろんこの手のおまじないや占い的な類のものに全くもって興味がないのだが、純粋に「マインド(・コントロール)」の一つとして捉えると、非常に重要な要素に感じた。

 なぜなら、先のような「おまじない的行為」を笑い飛ばせるような人間が、まず昨今いるのかどうか疑わしいからである。労組などが自社の犯す犯罪を内部告発するほど、利益追求の極地をいき、大手企業が自ら先陣きって瀕死状態であることを世にさらけ出し、株価不安の中更なる景気低迷に一役買ってしまうような格好となっている滑稽な世の中である。

 極一部の者の考えなのかもしれないが、彼らの唱える拝金思想こそが、当たり前だがメーカー(製造元、作り手)として、最も行ってはならない行為を生み出した悪の元凶ではなかったか?

 確かに企業が利益追求を行う場合、大きく2つのやり方しかない。一つに、アイデアや付加価値を付けて単価を上げるやり方。二つ目に、スケールメリットを利用して仕入れ値を下げたり、中間マージンをなくし原価を下げたりするコスト・パフォーマンスの向上を図るやり方。

 アイデアも投資も人材も何もかもが出尽くし、競争激化によって企業の基礎体力だけの勝負になると、勝負事と同じで、ずるい行為に走ったり、あからさまに負けを認めたくなるようになるところが出てきたりする。

 産地・日付・成分表示の偽装問題にしても、全社的なソフトコピーの問題にしても、脱税なんかにしても、早期撤退にしても、みんなそれら企業自体の慢性的疲労、もしくは過度の焦りに因るものではないのだろうか。もちろんある程度の社会悪は必要であり、きれい事ばかり並べててもうまくいくはずはないのだけれども……。

 また、日本経済が現在のようなマクロなものに移行する以前、「製造」という行為こそが経済を支える支えであり、国力の証明でもあったのではなかろうか。

 「誰よりも良い物を作りたい!」――そういう職人的な、ストイックな考えの作り手は減った。というより抹殺された。逆に「どうしたら儲かるか?」「どうしたら消費者の気をひけるのか?」そんな類のものだけが、「ブランド戦略」だの「キャラクターマーケティング」などのような、その本を販売するためのレトリックだらけの衣を着せられて書店を埋め尽くし、本末転倒も甚だしいご時世だと思う。

 少し前に日本3大デザイナーの一人である川久保玲さんが、昔に取引されていたという織物業社の衰退を嘆くドキュメンタリーが放映されたことがあった。廉価販売を推進する企業が増えるのは、正直今の私たちにとっては嬉しいことなのだが……。

 本当に大切なものは、先の石屋製菓の姿勢ではないが、恒久的な日常の中の「もっと美味くなれ!」という作り手の気持ちであり、これは開発者や一般個人の趣味的問題にまで派生する考え方だと思う。

 私自身、自戒の念を含めて今後は取り組んでいきたいと思っている。たとえばメールでクレームをよこしたお客様の元に、実際訪問してお詫びしてみる。パソコンばかりの世の中、人間不信の念が高まる中で、こういったアナログ的なコミュニケーションの効果は絶大であったりする。メールでの文体は厳しいが、実際に会ってみると話の通るお客様だったりすることが多い。そして面白いことにクレームを形成している要素のほとんどが、「怒っている」のではなく、ただ「困っている」だけだったりするのである。

 よりメンタルに、よりエモーショナルに……。私のチャレンジは続く。

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