2004年10月03日

『神々の詩』(姫神) ~シンセサイザー奏者、星吉昭氏追悼、「誰か故郷を思わざる」~

「もしかしたら、私は憎むほど故郷を愛していたのかもしれない」(『田園に死す』/寺山修司)

 3日、姫神のシンセサイザー奏者の星吉昭氏が亡くなられたという訃報を聞き、「縄文語による歌詞」が話題となり以前にテレビ番組でも特集が組まれた代表作『神々の詩』を聴いてみる(試聴はコチラ)。

 「姫神」のユニット名の由来は、どうやら、氏の生まれ育った岩手県にある姫神山からとられているそうである。私はこの山のことは知らないが、東北地方の山と聞くと何となく特に神聖なイメージがある。

 石川啄木や宮沢賢治、柳田國男の東北文学にはゆかりが深いと思うし、ダンテの『神曲』にしても、トーマス・マンの『魔の山』、武田泰淳の『富士』などにしても、その他ゲーム上に登場する「山」の持つ役割にしても、いずれも神聖的なイメージもしくはシンボルとして登場することが多いと思う。「霊峰」とか「山岳神話」という言葉もあるくらいだし(参考ページ:「いわての山々」)……。

 「姫神」の音楽も各曲のタイトルにも現れているし、そんな神聖とか、そういうイメージが似合う曲が多いと思う。私は森羅万象しか所有しないが、思えばこの手のイージーリスニング系の曲は幼少時代から好きであった。

 同じシンセサイザー奏者の喜多郎や、またオカリナ奏者の宗次郎に至っては、小学校時代に代表作であった『大黄河』をリコーダーで演奏したこともあったので馴染みやすい曲だと思っていた。

 『古事記』や『日本書紀』や本居宣長などをはじめ、学生時代に少し学んだ国語学の中で触れた民俗学のような授業の中で、日本には古来より生物や自然などこの世にあるものすべてが、神々が創ったというよりも、神々から生まれたものと考え、全てに生命の息吹が宿っているとして(産霊<むすび>)、山や収穫物などを祝う信仰や祭りなどが未だに地方には多く伝わっていることと思う。

 ここで何故か「姫神」と名の似たアーティストを思い出した。犬神サーカス団であるが、実はメンバーの何人かが私の高校時代の先輩でありながら、大学時代も軽音楽サークルで一緒だった先輩である。私は途中で音楽を辞めてしまったので、どうした経緯でバンドを結成されたのかは知らないが、その意味深なバンド名には、冒頭で引用した寺山修司を彷彿させるキーワードが二つ含まれている。「犬神」と「サーカス」である。

 没後20年以上経つ寺山修司だが、故郷である青森を思う作品を多く書いていたと思うし、先述の石川啄木もまた故郷である岩手の山々をよく題材としたとされる。
 また、演劇は文学とは切り離して考えるべきだと考えた寺山修司は、自身の率いる劇団でどのようなものを表現しようとしていたのだろうか?

 最近になってなぜか耳にすることが多くなった言葉に「Synchronicity(シンクロニシティ)=共時性」という、ユングの唱えた言葉がある。

 寺山修司の後年の作品の解説やエピソードなどを読んでいると、幼少時代の体験にシンクロニシティが働くことによって起こり得る現在の現象を表現していたような気もしてくる。きっと「言葉」だけでは表現し尽くせないものもあっただろうと思われる。

 繰り返しになるのかもしれないが、このように自然界にあるもの――殊、山ひとつとってみると、「天」や「太陽」など父性原理を持つ表象に対して、「山」や「大地」は、その逆である母性原理を持つものである。母なる故郷を表現した姫神の音楽には、どの曲に関してもおそらくは星吉昭氏の愛した故郷である東北地方の自然に対する心象風景が多分に含まれているものと思う。

 私は故郷を持たないが、東北以外でもいわゆる「故郷」を持つ方にとっては、姫神の音楽に突き動かされて何某かの思いにふけることができるのではないだろうか……。追悼――。

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2002年09月21日

ゲーム音楽とクラシック音楽の関係 ~カヴァレリア・ルスティカーナについて~

 幕張で開かれている「東京ゲームショー2002」が日曜日で終わるようである。この手の催しには一度も行ったことがない。
 小学校を卒業した年の春に、舞浜の東京ベイNKホールか何かにドラクエのイベントで行ったきりだ。

 私はその昔はゲームやゲームミュージックが好きな時期があった。PS2以降は、情けないながら買ってしまうとハマってしまい、人生を棒に振る恐れがあったため恐くて買えなかったものである(笑)。

 そのドラクエで思い出すのが、当時私もレコードやカセットテープを大量に買ってしまったクチなのだが、音楽を担当したすぎやまこういち氏だろうか。氏はJASRAC(日本音楽著作権協会)の役員も務めている。

 ヒットした代表作「亜麻色の髪の乙女」や、ピーナッツの「恋のフーガ」、ガロの「学生街の喫茶店」、アニメ「イデオン」のエンディングテーマ「コスモスを君に」の曲などの中にドラクエ音楽の源流が見えるか分からないが、牧野アンナの歌った、ドラクエ2のパスワード入力時の「LOVE SONG 探して」や、週刊ジャンプの綴じ込み「ファミコン神拳」か何かに出たドラクエ2のエンディングテーマ「この道わが旅」の歌詞などには、幼心にある衝撃を受けたものだった。

 他にも小学校から中学時代くらいまで聴いていた日本ファルコムの音楽や古代祐三、ウルティマの後藤次利、元VOW WOWのkey.厚見玲衣や、プログレ界の難波弘之(key.)など、とにかく私の小学校当時はゲーム雑誌「BEEP」の付録としてソノシートが付いてくるほど、ゲームミュージックというものが熱いモノであった。

 その中でヒットした多くのゲームミュージックの形態が、オリジナルの電子音よりも、きちんとオーケストレイションされたものであった。元来私はクラシック音楽というものをあまり聴いたことがなく、強いて言うなら学校の音楽の授業の中くらいであった。

 ただ、一緒にすると不快に感じる人もいるかもしれないが、私には何となくゲームミュージックの影響で、クラシック音楽の好みが決まることがまれにあった。

 昨今、岩波書店などを筆頭に文庫や新書などが人気で、過去の絶版本の復刻などが目立つ。その昔、マスカーニ作曲の「カヴァレリア・ルスティカーナ」という曲を好きになったことがあった。これは近代イタリア文学作家、ジョヴァンニ・ヴェルガの同名作品(岩波文庫)があり、マスカーニがそれを原作として書いたオペラ曲だった。

 その曲からスタートして、ありがちなゲームのストーリーと、それに合うような音楽の選曲を試みたことがあったので、そのときピックアップした曲を以下に列挙しようと思う。いろいろ突っ込みたい人もいるでしょうが、どうかお許しを……。

ゲーム・タイトル:「カヴァレリア幻想奇譚 ~ルスティカーナの美少女~(仮称)」

(※舞台は中世の架空の国や都市。いつだってこのモチーフは廃れない……。)

1、オープニング(あらすじが縦スクロールで上から下に流れてフェイドアウト、行書体)
例:「戦乱の世、人々は相次ぐ天災による作物の不足に窮乏を呈していた――」等。

「カルミナ・プラーナ第1曲:おお、運命の女神よ」/オルフ

2、ルスティカーナ村~主人公が謎の少女と出会う。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」/ラヴェル

3、回想シーン?~主人公と謎の少女が結婚の儀を交わしている。新国王として国民の歓声を受けている。体中をつたう異様な汗に目を覚ます。不吉な予感を感じてか、悪夢にうなされて目覚める。

「交響曲第3番~第3楽章」/ブラームス

4、村が焼かれた!~逃げ惑う村人たち、何者かが気絶した主人公を地下壕へ運ぶ。

「スラヴ舞曲 第10番」/ドヴォルザーク

5、決意!~何もなくなった村で一人墓を立ててまわる主人公、人知では計り知れない惨劇の跡。異世界の存在を感じとる。突然、右脳を襲った激痛。過去の惨劇が脳裏をよぎる!

「ソルヴェイグの歌」/グリーグ

6、旅立ち(草原)~育ての両親を失った主人公と謎の少女。懐かしい匂いのする?未知の土地へ出発。

「愛の悲しみ」/クライスラー

7、カヴァレリア城~"謁見の間"にて国王と対面。

「オーボエ協奏曲」/アルビノーニ

8、臨時戴冠式~孤児の?主人公に数奇な運命が訪れる。"真実を知る者"とは誰なのか……?

「G線上のアリア」/バッハ

9、神殿~勇者転身の儀を交わす。カヴァレリア国の地に古くから伝わる伝説の勇者の話を聞かされる。

「精霊の踊り」/グルック

10、謀略~長きに渡る隣国との政治的軋轢からついに交渉は決裂!歴史に残る大戦争へ!

「交響曲第9番 ニ短調 第2楽章 作品125 モルト・ヴィヴァーチェ」/ベートーヴェン

11、鎮魂歌(レクイエム)~絶大な国力をつけた隣国の政治的背景に、隣国国王の召還魔術の儀式があったことを知る!国王に騙された絶体絶命の主人公をかばい、悪魔と相死にする少女の兄(途中で仲間)。

「夢のあとに」/フォーレ

12、エンディング~村で少女の兄のために墓を立て花を添える主人公。自分が誰なのかを知るため、少女と新たなる冒険へ旅立つ。謎の少女が実は、自国の王女だったことが判明する。

「カヴァレリア・ルスティカーナ 間奏曲」/マスカーニ

【参考サイト】
All About Japan [ゲームミュージック] 島谷ひとみとドラゴンクエスト

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2002年07月22日

『STEALING HOME ~君がいた夏~』/デヴィッド・フォスター

 デヴィッド・フォスターが音楽を担当した、そんな名前の映画があった。内容は見てないのであらすじしか知らないが、その映画のサントラは持っていたりする。今まさに、BGMではそれが流れている――。

 似たようなシチュエーションの映画、『ある愛の詩』は背景が寒々しい感じだった気がするが、「思い出」というもの自体、実は夏の風物詩なのではないか?

 きっと、熱帯夜にありがちな独特な空気の緩みが、全体的にぼやけた感じを醸し出すのか。また、ちょっと遠出した先で何年かぶりに見る陽炎や、鼻をつく草いきれの中に思い出を蒸留する特別な成分が含まれているのかもしれない。

 マリブのボトルに学生時代の日々を映しながら、冷たく割ったコーラで喉を潤す夏のはじまり――。ビールがやけに苦く感じた花火大会の日の思い出、出店のほのかな灯りに照らされた浴衣のぼやけ方が、モネの水彩画のように辺りに広がり、公園の芝生がにわかにジヴェルニーの草原へと化すのであった。

 伸びやかなサックスの音色が、どこまでも上空へと飛んでゆき、暴走したタイムマシンのように、過去の幾つかの重大な瞬間へと私をいざなうのだった……。

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