雑誌『東京人』創刊20周年に寄せて。
私の愛読誌『東京人』(都市出版株式会社)は、1986年1月に創刊されて今年で創刊20周年だそうだ。その記念号である2006年1月号「特集:1986-2005 『東京人』が見てきたもの」では、巻頭を歴代の『東京人』を飾った表紙が抜粋して紹介されてあり、そこに書かれた特集の見出しを読み上げるだけでも、ここ20年の東京の一大クロニクルを追うようで楽しめる。書店によってはバックナンバーを設置するコーナーで、表紙が見えるタイプのラックにバックナンバーを飾り、通りがかりの人の足止めに一役買っていたりするところもあった。
cf.「雑誌『東京人』:創刊20周年 変わらないものの魅力を--高橋編集長に聞く」
私が『東京人』を読むようになったのは、以前「「箱庭幻想」 ナチュール・クー・ドイユ ~世界を一望の下に~」の中でも少し触れたことがあったが、学生時代に「東京学」という社会学や都市論の類、考現学、ひいては極ローカルな地域における地誌学が派生したかのようなゼミを選択するようになってからだった。この授業は自分にとっては大変興味深いものであった。例えば、中原中也という詩人がいる。代表作に「正午 丸ビル風景」(『在りし日の歌』より)というものがあって、私たちにも馴染みのある光景を詩にしている。
あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
月給取の午休み、ぷらりぷらりと手を振って
あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ(後略)
これはあの丸ビル(丸の内ビルヂング)を歌ったものだが、もちろん今の丸ビルのことではない。大正12年2月の竣工以来、変わらず丸の内の顔として居座った昭和十年前後の丸ビル風景のことである。中原中也の死の直前の20代後半の頃の作品である。さすがに今では「サイレン」はないだろうが、大きく変わった光景でもないだろう。また、当時はサイレンだったのか?という疑問というか興味も同時にわいてくる。
当時の私は、中原中也が紹介した同じく若くして夭逝した仏詩人ランボオや、同年代に活躍した詩人、立原正秋の作品などとの比較を試みつつ、明治から昭和初期にかけての詩人が歌った東京の原風景と現在の東京の現風景とを比較し、そこに読み取れた社会風俗の移り変わりや経済価値の変遷などから不易流行を見出し、発表するということをおこなっていた。この作業にどうしても付き物なのが、フィールドワーク(取材)と写真撮影という行為である。自身のメモでは書き取れなかった風景を写真で補完しておくことで、記憶を鮮明なものとして表現しレポートに説得力が出るように工夫した。この一連の作業で、東京という一都市に興味を持ったのみならず、街散策や写真撮影という行為自体にも次第に興味を持つようになっていった。
閑話休題。冒頭に挙げた『東京人』は、まさにそうした当時の私にとって教科書代わりのような存在であった。もともと興味のあった古書店や美術館、建築物などに加え、その他、迷宮都市・東京を形成するありとある事象について言及された『東京人』に寄稿する作家は、自分にとっては大学以外の外部の先生であった。
当ブログのタイトルは「都市の遊歩者による草の根文化政策」で、この「遊歩者(フラヌール)」はもちろんヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』からとっている。また、松岡正剛氏がかつて編集した雑誌『遊』の字も含まれていて自分では気に入っているのだが、このブログやタイトルが『東京人』の影響を受けている部分もあるということは説明するまでもないだろう。
「特集:1986-2005 『東京人』が見てきたもの」では、レギュラー執筆陣とも言うべき、赤瀬川原平氏、川本三郎氏、坪内祐三氏、海野弘氏、鹿島茂氏、陣内秀信氏などに加え、隈研吾氏らの寄せた記事などがあり大変面白く読むことができる。
また途中に「東京人 蓋棺録」というコーナーがあって、惜しくも亡くなられた故人について追悼の意をもって振り返る特集が組まれており、種村季弘氏や杉浦日向子さんへ寄せた編集部の記事や、『街並みの美学』(←大変難しいw)の著者である芦原義信氏(2003年逝去)について書いた記事もあった。芦原氏は1986年の創刊当時、私の好きな美術評論家である高階秀爾氏、芳賀徹氏などと共に『東京人』の初代編集委員を務められた方と説明にあった。
「古書店」「中央線」「同潤会アパート」「建築」「喫茶店」「サブカルチャー」「映画」「演劇」「美術館、アート」「落語、お笑い」「銀座」「ウォーターフロント」etc……、この20年間に『東京人』で語られた多くの事象について断章形式で紹介され、また各記事の最後には簡単な年譜まで付記してあり、縦断横断、読者が自由気ままに東京散策できるようになっている。
時代というものは、どんな時代を切り取ってみても「激動」かもしれない。しかし1975年生まれの私にとって、物心の付き始めてからのここ20年間というものは、他の世代の人以上に感慨深く感じるのかもしれないと感じた。これからも気概のある、面白い雑誌であり続けて欲しいと思った。
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