<< 「サムライ魂でデパートを創れ!~近代百貨店誕生物語~」 | メイン | みなとみらい線開通一周年 >>

「ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展」 ~売れるミュージアムグッズ~

 前人気の高かった本展に出向いた。予想以上に混雑していて、人気画家ぶりが知れた。
前にミュシャの作品に触れたのはいつだったろう。もう1年も前のことになる。去年の春先、東京都庭園美術館で開催された「パリ1900 ベル・エポックの輝き」展で、ジスモンダのポスターなどを見たのが最後だった。その前は東京都美術館での「アール・ヌーヴォー展(2001年)」、その前だと世田谷美術館での「煌くプラハ展(1999年)」となる。いずれにしても、ミュシャに限定した展覧会を見るのは初めてだったかもしれない。

 当時から、日記にも書いていたように万博絡みであったり、ロートレックやスタンラン、J・シェレの体系からか、アール・ヌーヴォー期の、殊にポスター芸術のようなものに興味があった。私の好きな作家である海野弘氏の著作、『アール・ヌーボーの世界』の表紙には、ミュシャの「黄道十二宮(Zodiac)」という作品が装丁として使われている。私はこの作品のB5大のポスターを購入し、また、販売されていた画集も買い求めたが、中を見るとやはりこの作品が収められていた。

 このように、私たちは実際にわざわざ展覧会まで絵を観に行かなくても、ミュシャの作品を見ることはできる。このことについて、先の「アール・ヌーボーの世界」の中で「写真の発明は芸術にミメーシス(模倣)の概念の変革を迫った」と著者は言い、ベンヤミンの複製技術の話に触れている。

 私も以前、「『写真論』 ~追悼、スーザン・ソンタグ女史~」の中で書いたかもしれないが、この時期くらいを境としてポスター芸術などが花開き、つまり芸術の大衆化が始まったとされている。先の「ジスモンダ」が描かれた翌年、1895年には既にリュミエール兄弟らによりシネマトグラフが発明されている程である。またミュシャ自身も多く写真を撮影していたように、時代は芸術を庶民の域まで着実に届けられるようになっていたのである。つまり、「黄道十二宮(Zodiac)」はその絵柄がカレンダーに採用されて庶民の生活の一部に組み込まれたり、他の作品群も煙草のパッケージデザイン、石鹸箱やビスケットの箱などへデザインが採用されるなどである。

 冒頭で「パリ1900 ベル・エポックの輝き」展でのミュシャ作品のことについて触れたが、1900年のパリと言えば既に5度目の万国博覧会が開催された年で、ミュシャ自身もこの万博でパビリオンの構想などに加わったというが、他にもルネ・ラリックや後述するエミール・ガレ、ウイリアム・モリス、ティファニーなどアール・ヌーヴォー期を代表する芸術家の作品がフィーチャーされたことから、アール・ヌーヴォー様式を「1900年様式」と呼ぶこともあるそうなので、そうした狙いもあった展覧会名なのだろうと思った。
 また、『世界史リブレット 世紀末とベル・エポックの文化』によれば、この「アール・ヌーヴォー(新芸術)」の名の発祥を、ベルギーの建築家アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデが、1894年のブリュッセルでの工芸博で自ら作った家具に対して名付けたものとしている。

 いずれにしても、第一次大戦前までの芸術・文化が花開いた時代、後年になって人々が「ベル・エポック(古き良き時代)」と懐かしんで呼ぶようになった時代に創出された芸術様式である。いつの時代になっても、人の心を癒し、穏やかにしてくれるような雰囲気を残し続けるアール・ヌーヴォー期の芸術作品――、今回で言えばミュシャの作品だが――私は画集とポスター、数枚のポストカードしか購入しなかったが、横で見ている限りでは多くの限定ミュージアムグッズが売れたものと思う。

 これはあくまでも私見だが、他の展覧会に比べ、ミュージアムグッズの売れ行きが良いように思う。ミュシャの作風のポピュラーさや、キャッチーさというのもあるだろうが、何より先ほど述べた「人の心を癒し、穏やかにしてくれるような雰囲気」が、今の殺伐とした世相にうけているのかもしれない。そんな思いを本展でさらに強めた。

カテゴリー:美術展

投稿者 cyberpoet : 2005年01月31日 22:46

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.furuhon.info/blog/mt-tb.cgi/89

コメント

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)