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地域住民による地域住民のための、安全なまちづくり施策

 今日深夜、NHK教育で放映されていた番組の中で、今までにも度々ニュース番組の中などで特集されてもきた、東京都杉並区や横浜市などにおける地域住民によるパトロールによって地域内犯罪が減ったケースを紹介していた。

 これをカラスの慎重な行動になぞらえて「カラス効果」と呼んでいるらしい。私は、こうした住民参加による意識の変化が犯罪を減らしてゆくという考え方に賛成である。これから犯罪を犯そうと思っている人間にとって恐いのは、警察でも裁判官でもない。犯罪現場を見て取り押さえられたり、大声をあげられたり、通報したりする一般多数の人なのである。

 最近でも奈良県少女誘拐殺人事件や、ドン・キホーテ放火事件などのような残虐な犯罪が絶えないが、その間にも空き巣やひったくり、振り込め詐欺なども横行したり、またある場所の統計では、1分間に1件の割合で車上荒らしが起こっているなど、現在の日本が犯罪大国であることを示すデータを放送していた。

 こうした事件が多発する中、今日の新聞の夕刊などにも、警察側で性犯罪前歴者の居住地などを把握できる制度を作ろうとしている動きなどが書かれていて、時世をよく表す記事だと感じた。

 ここまでの凶悪犯罪が急増するのは非常に危機的な状況だと思うが、先に挙げたような住民参加型の犯罪抑止のための動きは少なからず影響を与えてゆくだろうと思う。有名な「割窓理論(ブロークン・ウィンドウズ・セオリー)」というものもある(cf.『割れ窓理論による犯罪防止―コミュニティの安全をどう確保するか』)。

 「むしゃくしゃしていた」「他者に相手してもらえなかった」など、理解に苦しむ理由で人を簡単に殺せてしまう――まるで、アルベール・カミュの『異邦人』の主人公ムルソーのように「太陽がまぶしいから」と言ってアラビア人を射殺してしまう「不条理」とも似た、常人には決して理解の出来ない、そして許しがたい発作的な犯罪が多過ぎる世の中になったものだと思う。

 こうした犯罪者のほとんどが、そうした自己不満に陥るまでの自分の非を認めていない。そこまで鈍感な者たちであるから、法的に罰せられる段階に至ってもなかなか他者を受け入れることができず、何故か自身の行動が正当化されてゆくわけで、全ての犯罪者がというわけではないのだろうが、更正する前に刑期が終わり、出所後も同種の犯罪を繰り返すという図式が出来上がるのではないかと思う。精神鑑定と言うが、そもそも精神の健全な者が先のような犯罪を犯すとは到底思えない。

 他者と交わらない自己は、自分の幼少時代より引きずる妄想の念との対話のみに留まり、善悪の基準も分からないまま周囲にも押し付けるようになってゆくのではないか?

 犯罪者に対する人権問題も良いですが、それ以前に「安心して街を歩く」という、最低限の人権の保障だけはされてもよいのにと思う。

 まもなく「成人の日」である。例年「またバカが」と思わせる酒を飲んで暴れる者たちがいるが、今年こそは何か痛快なことを行動する若者たちが出ないかと密かに期待している。それは何かと言うと、いわゆる「村八分」である。成人を祝う気の毛頭ない少数派の連中を、式場から力ずくでも追い出す程の多数の若者たち――、そうした気概がいつの日か犯罪を減らす方向へ向かわせるきっかけとなるかもしれない。そう信じて動く人の数が多ければ多いほど、社会は良くなる。負の徒党があれば、正の徒党があっても良いのではないか。あまり正義感ぶるのは双方において危険な思想かもしれないが、この国には本来「和」と呼ばれるものがある。これは「輪」でもよいのだろうが、そうしたものを乱すことが良くないという意識が芽生えてくるだけでも、今までとは大分変わってくるだろうと思っている。

カテゴリー:ニュース時評

投稿者 cyberpoet : 2005年01月08日 23:54

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