今日から仕事始め。複雑な心境だ。
今日は仕事始めの日だった。決算期が3月にあるので、会社的に言えば第4クォーター突入である。昨年末は繁忙を極め、もともとおとなしい人が多い職場であるのに、各自主張が強過ぎて、もはや「責任感」を通り越して「自分はきちんと仕事をやっている」といった防御線の張り合いで終わったかのようでもあった。こんな小さな組織でさえ、きちんとしたチームワークが組めない。元凶はどこにあるのか――。
いろいろ原因はあるのだろうが、各部署間での連携を図ることが大前提にあるのに、その割には会議というかミーティングの回数が少なかったように思う。早速、今日は役職者だけでのミーティングが行われた。役員以下数名の小さなミーティングである。
正月をじっくり休んだ各部署の責任者からは、各自溜め込んでいた不満や打開案のようなものが次々と出てきた。これは決してジャストアイデアなんかではない。普段から抱え込んでいる問題意識と、どうしたらそれを解決できるのか?という自問につぐ自問が、正月休みを挟んで論理的に分析できた結果なのだと思う。
「考える仕事」と「手足を使う実務」、これらを同時に行うことは結構な能力が要される気がする。制作に携わる者宛に言い換えれば「クリエイティヴな仕事」と「オペレーション的仕事」の違いである。忙しければ忙しい程視野は狭くなり、目先の問題をクリアすることに焦点が置かれるようになってゆく。これは決して間違った判断ではないのだが、会社として良い風潮なのかどうかは疑問だ。ただでさえ、私のいる会社は、ただ考えているだけで給料がもらえるような会社ではなく、まだまだみんなで力を合わせて頑張ろうという小さな組織なので、もちろん経営企画だとか事業推進といった役回りにあたる部署もない。誰が考えて、誰が遂行するのか?それは全員が出来なくてはならないのである。しかし、おおよそのベクトルは同じ方向を向いていても、やはり人によってそのプロセスに違いがある。そこがいつも衝突してしまう由縁である。「平和のために戦う」のか、「平和のために戦わない」のか。少し強引だが、会社を良くするために「利潤追求のために営業重視でゆく」のか、「顧客満足度の向上のためにフォローアップに費やす」のか――。
昔どこかで読んだことのある記事の中に、どこで読んだものか出典を忘れてしまったのだが、面白い話があった。およそあらすじは以下のようなものだったと記憶している。
――昔の中国に強い武将がいた。次々と列強の国を攻め、戦には勝っていったのだが、その横暴なやり方に嫌気を指す配下が増えてきていた。そこへ忠臣であった配下の一人が、戦に勝って自信に溢れかえり、なおも無理に戦を仕掛けようとする武将に対し「馬上にいて天下がとれたとして、馬上にいたまま治世ができますか?」と戒めたところ、その武将は心を入れかえて家来や農民への還元をおこない続けるようになり、その国はさらに富んだ。
――といったような話であった。史実に基づいた話なのかどうか、また誰が言ったなどは不明瞭だが、おおよそそんな内容であった。
今私たちは、社員やクライアントでさえも懸念する拡大路線の戦略に懐疑を持ち始めている。確かに会社が潤わなくてはクライアントも潤わないのは事実である。しかし、会社が潤うための方法は一つではない筈だ。各自がそうした意識を持って職務に取り組めば、誰かしらが必ず問題点に気づき、誰かかしらが打開策を出し、誰かしらが行動をもって打破し、皆がその壁を乗り越えてゆけるようになるだろうと信じている。そして、こうした一連の取り組みに対して、いかに真剣に臨めるか、それから自身の力量を試す機会を増やせるかがキーになってくると思っている。
カテゴリー:雑事断章