神田明神へ初詣 ~「困ったときの神頼み」~
今日は神田明神にまで足を伸ばした。ここ周辺は私にとってはまさに母校がある地域でもあり、神田明神へは学生時代にも一度足を運んだことがある。また、中学受験の頃は近くの湯島天神に赴き、見事成就を果たした縁起の良い土地だとも思っている。それから第一に、ここ周辺を自分の商売のスタート地点としたいと考えていたのだった――。
神田明神は何と言っても、家庭円満、縁結び、商売繁盛、事業繁栄の神様がおわしますことで有名である。私にとっては今どれも足りないものばかり。ついつい欲張ってしまう優柔不断な私なのだが、ここは一つ「商売繁盛」だけに願掛けをしてお賽銭を入れた。普段信仰などを持たない私ですら、目をつむってお願い事をしている間は真剣そのものである。私を知る人にとってみれば、まだ商売すら始めていないのにと滑稽に思うだろうが、自分の中で「商売」はもう始まったのだと感じている。そのくらいの心構えでいる。定期預金も解約し、僅かながら自由になる金も出来た。
「商い」を「飽きない」と掛ける人がいる。私は、どうせ商売をするのなら決して「飽きない」ことをしたいと考えている。それはもちろん最低限の意識で、出来ればいつまでも今と同じような新鮮さをもって取り組んでいたいと思っている。
今日はどこまでも澄んだ晴れ渡る青空が心地よく、参詣者の数も想像以上に多かった。私もその中に混じり、おみくじをひいてみた。
――「吉」。
こんなに純粋な気持ちでひいたのにと、ちょっと肩すかしであった。自分が考えている程簡単なことじゃないのかな?先にあれほど信仰はないと言っていたのに、実際にこうした結果を引っ張ってくると不安になるものである。「わざわざここまで来て……」と半分投げやりな気持ちで本文に目を通す――。
かきくもり夕だつ浪のあらければ うきたる舟ぞしづ心なき
~夕立の来る前の荒立つ波に木の葉の様にゆれ動く舟。思わざる災を乗切る為には不動の信念が必要。人生航路においても不実心浮気など心の迷いを起さず身を正しく保つ事が肝要。
――出典を調べてみるとどうやら紫式部が都から地方に下向する際の不安を歌ったものとある。なるほどちょうど私が、大きな会社ではないが、ある程度安定した生活を約束された権利を放棄して、道のない道を歩み出そうとしている様に似ている。おみくじでさえ、こんな男らしくない逡巡している私の気持ちをお見通しである。決して気楽な道のりではないと戒められた。
帰りがけ商売繁盛のお札を買い求めた。
その後駅までの道を歩く中、一軒一軒立ち並ぶお店と、街の様子をしっかりと目に焼き付けた。「困ったときの神頼み」かもしれない。しかし今日は、こんな私に対しては随分と真剣なアドバイスをもらったように思う。この場所がいつの日か、自分の活躍する場になっていて欲しいという、まだ瑣末な思いを胸に抱きながら、足取りは再び軽くなった。
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