『ペヨトル興亡史 ボクが出版をやめたわけ』(今野裕一著) ~こだわりの編集方針「定番をEDITする」(後編)~
「雑誌があれば誰にでも会え、いろいろなことに出会える。」(今野裕一氏)
※今日書いている分は昨日の続きです。
――一方、タイトルで後者に挙げた『ペヨトル興亡史 ボクが出版をやめたわけ』だが、著者である今野裕一氏自身が主宰となっていた出版社、ペヨトル工房(著書名に名称をかけているようですが、)が2000年の春に急遽解散宣言をしたが、そのときの経緯や心境などを回想した構成となっている。
ペヨトル工房も、ある意味で一部の男子大学生を魅了したテーマに沿った書籍や雑誌を刊行していた出版社ではないだろうか?ペヨトル工房解散の時期、実はセゾングループの出版社であるリブロポートとトレヴィルも解散をしているのだが、どれも私の好きな本を多く出していた出版社だった。先のセゾン文化ではないが、ペヨトル工房を陰ながら支えられていたという西武百貨店との雑誌『WAVE』、また、レーモン・ルーセルの『ロクス・ソルス』をはじめとした秀逸な書籍、そして私も数十冊所有する人気の雑誌『夜想』(瀧口修造の詩のタイトルから命名)や『銀星倶楽部』、『ur』などといった雑誌など、ラディカルな一時代、一ブームを築いた出版社だったと思う。
余談だが今野裕一氏は進学校であった湘南高校出身と聞く。1953年生まれというから、先日採り上げた『タフ&クール Tokyo midnightレストランを創った男』(鹿島茂著)の中で書かれた、グローバルダイニング創業者である長谷川耕造氏や、その回想を書いている著者の鹿島茂氏などと、ほぼ同じ年代に湘南高校に通っていたことになりはしないか?
そんなペヨトル工房の創業は1976年。あの澁澤龍彦編集の『血と薔薇』(のオリジナル,1968年)創刊から8年、唐十郎編集の季刊誌『月下の一群』が創刊された年である。全共闘時代の60年代から、前衛芸術を多く生んだ70年代を通して、セゾン文化が花開いた、先のヴィレッジバンガードが創業することになる80年代へと継承していった「文化」――。
これら2冊の本は、それぞれ異質なものであると思うが、「書店」と「出版社」は「本」という切り口では繋がると思う。ネット古本屋やネットオークションなどでの学生せどりが増えたボーダレスな現代では気が付きにくいのだが、インテリアや手書きPOP、また展覧会とのコラボレーションなど、アナログ的な展開もありなのではないかと思った。今一度、自分の持てる「定番」をEDITする試みをしてみたいと思い、読んだ本の感想をまとめてみた。
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