文化の日、「フィレンツェ ――芸術都市の誕生展」観覧 ~「アベラシオン」方法序説~
※旧「楽天広場」時代のブログより転載。
私の思うには一つの絵を鑑賞する最も確かな方法は、はじめはそこに何が描いてあるかはいっさい決めないこと、そうしてそれの仕切られた一劃に点々と同時にある色の列びから迫ってくる感応の糸を糸一歩と手繰りつつ、心像(イメージ)から心像、想像から想像へと昇りゆき、ついに主題の理念に、時には、ついぞそれまでには味わったこともなかったただもう喜びのおもいにひたるにある。『レオナルド・ダヴィンチの方法』/ポール・ヴァレリー
昨日の日記からの続きである(笑)。――ということで、漫画喫茶の個室の中、リクライニングチェアの上で気持ち良く私が目覚めたのは午後3時過ぎ。
見事に寝過ぎである。寝過ぎないようにあえてイスで寝ようと思ったのだが、昨今の社泊増のせいか、最近イスで寝るのに変に慣れたのか、むしろベッドで寝るよりも落ち着いて熟睡できるようになってしまったのかもしれない……(笑)。
今日11月3日は「文化の日」。戦前で言うところの「明治節」。つまり新暦で言うところの明治天皇の御誕生祝賀日である。ネット上で「祝日法」について調べてみると、大体どこにも「自由と平和を愛し、文化をすすめる」などと書いてあり、今では明治天皇を敬うとか輝かしい明治時代を思うというよりも、圧倒的に文化的研鑽に勤しもうという考えが多いのだと想像される。
ちなみに明治天皇は17歳くらいまでの多感期を京都で過ごされたと聞く。京都は実は小学校3年生のときに学校を休んで親と旅行に行った以来、2度目はまだ行っていない。いつかゆっくり時間がとれたら巡ってみたいと思っている。
京都と聞くと有名大学があるとか、学術的な古書を扱う書店が多そうとか、そういった先入観もあって文化的な印象が強い。今日の日記のタイトルにもあるイタリアの都市フィレンツェとは、1963年以来姉妹都市の関係にある。
今日は久し振りに上野に行った。もちろん東京都美術館で開催中の「フィレンツェ ――芸術都市の誕生展」を見に行くためである(チケットはコチラにアップ)。
国立科学博物館の新館がグランドオープンしたというニュースを聞いて、ついでに立ち寄ってこようかと思ったが、これは朝から来てゆっくり見ようと考え直し、外から眺めるだけにとどめておいた。
東京都美術館の館内では、ジョット、ミケランジェロ、ボッティチェッリ、ヴァザーリといった14世紀から16世紀にかけてのルネサンス期イタリアを代表する芸術家の作品が、絵画にとどまらず彫刻や金細工、織物など幅広く展示されていた。
ルネサンスの開花した中世イタリア――、当時の人々にとって関心の強かったものとして、バルザックやデュマなどが書いたカトリーヌ・ド・メディシスや王妃マルゴなどを中心として起こった政治や宗教や戦争などもそうだが、土木・建築、服飾・装飾、音楽・美術・文学、また医学をはじめとした自然科学etc…、まさに文芸復興と呼ばれるだけあって、様々な発見が人々の間に流布していった時代だと想像できた。
私が大学の卒業旅行でイタリア・フィレンツェを訪れたのはもう7年近くも前になるから、今では大分変わったのかもしれないが、記憶にあるのはやはりメディチ家コレクションを集めたウフィッツィ美術館や、イタリア・ルネサンス建築の初めと言われる「花の大聖堂」(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)などの歴史的建築物のディテールを飾る建築装飾であろうか。ミケランジェロ広場から全景を見渡す限り、もう街全体が美術館みたいなノリだった印象がある。
当時は時間があまり取れなかったので急ぎ足で有名美術館を回らざるを得なかったのだが、今度行けるときがあったらゆっくり見てみたい。そのときは是非、当時読めなかったゲーテやスタンダール、アンデルセンなどの旅行記、それから好きな澁澤龍彦を気取って『アベラシオン』をはじめとしたバルトルシャイティスの4部作(バルトルシャイティスの著作に対する松岡正剛氏の書評はコチラ)などを読んでから行くことにしよう……。
先にも書いたが、フィレンツェはまさに街全体が美術館のようなつくりをしている。目に留まったもののイコン(図像)と歴史を探り、そこから関連する意味と人物を連想し、文化を理解できるような旅行がしたいものである。
以前にも日記の中で書いたことがあったが、自分流の美術館の楽しみ方(cf.「各作品の解説の中に見られる画家たちの意図が形を変えて、現在という時空間への流出を図ろうとするとき、僕らは得も言われぬ歓喜、あるいは恍惚の念にしばしば駆られることもある」)ができるのが楽しかったりするのである。
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