「人とロボットが共存」する2020年。ロボットはパソコンを超えて普及する!?
「ところが両派とも危険が迫っていることを見ようともしなかった。たとえ、<太平洋の宝石>がこなみじんになっても、けっしてゆずろうとはしなかったろう。」
/『動く人工島』(原題:「スクリュー島」)/ジュール・ヴェルヌ
~「右舷と左舷との争い」の章より抜粋。
先日、上野の国立科学博物館に行ったときの感想を日記にも書いたが、そこでエピグラムとして引用した、カレル・チャペックの『ロボット(R.U.R.)』(ロッサム万有ロボット)について関連した内容になるのかもしれないが、今日は10日に発刊したフジサンケイビジネスアイの特集、『愛・地球博まであと5ヶ月 「プロトタイプロボット」が姿を現す!!』に目を通していた。
「プロトタイプ」とは通常「試作品」を意味するが、新聞には愛知万博で紹介される予定のプロトタイプロボットの一覧が表組みで紹介されていた。人間の生活に密着した愛玩、あるいはコミュニケーション用ロボットから、医療・福祉に役立つと思われるロボット、また昨今のテロや地震などの時勢の関係か、汚染物質を発見・採取するテロ対策用ロボットや、倒壊家屋から人を助け出すレスキューロボットなどの紹介文が出ており、それらを目の当たりにできる愛知万博に対し、今から大変興味深い展示を期待してしまう。
この「愛・地球博(愛知万博)」には以前より興味を持っているが、「万博」と聞いて思い出すのは、私の世代だと多分、85年の「つくば万博」だという人が多いのではないだろうか?
人とロボットの共存を図ることによって、今よりも豊かで平和な日常が訪れるのかと思うと、今からワクワクしてしまう。後述するアイザック・アシモフが、かの「ロボット三原則」を唱えた1940年代初頭以降、日本でもそうした近未来の生活に思いを馳せたアニメが人気だったようである。
手塚治虫の人気アニメ『鉄腕アトム』が生まれることになっていた2003年のときには、もちろんあそこまでの科学は発達していなかった。19世紀末にSF・冒険小説を書いていた作家が予言した20世紀末の人々のライフスタイルも同様にそこまでは発達しないものの、ある程度の予言は的中していたかもしれない。
■参考日記
まもなくあの「鉄腕アトム」が生まれます。
鉄腕アトムは、主題歌の中で「こころ正し ラララ 科学の子」と歌われたように、人間の味方である。これはちょうど、先述のSF作家アイザック・アシモフが掲げた「ロボット工学における三大原則」、すなわち氏の代表作品には冒頭に書かれているが――、
一、ロボットは、人間に危害を加えてはいけない。
一、ロボットは、人間から与えられた命令に従服しなければならない。
一、ロボットは、前掲第一条および第二条に反する恐れのない限り、自己を守らなければならない。
――に適う人型ロボットだった。
しかし、こうした定義はいつの時代もアンチテーゼを生み出し、野心を抱いた人間の奸計によって崩れ去るのが皮肉なことでもあった。これはアニメやゲーム、映画の世界ではおなじみの展開だが、現実の世界でも同じことなのかもしれない。
■参考日記
押井守監修『イノセンス』公開記念 「球体関節人形展」を見てきました!
■参考サイト
『アイ,ロボット』
ところで、HONDAの「ASIMO」、私はてっきり先のアイザック・アシモフの名からネーミングしたものだと思っていたのだが、どうやら違うみたいである(参考サイト)。
前にも書いたことがあったかもしれないが、今度の愛知万博のテーマには今の時代を反映して「IT」が主眼に置かれているそうで、今からとても楽しみで仕方がない。いつの日か、ロボットがパソコンを超え、もしかするとあらゆる面で人間を超える日が来るのかもしれない。そのときがきたら是非――、表現能力が足りずパラドクサルな意見となってしまうかもしれないが、限りある資源の搾取ではなくて、まさに冒頭で述べた「宝石」の如き豊かな自然を守ってゆくような科学へ利用されてゆくことを願いたい。
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