「エルミタージュ美術館展」(江戸東京博物館) ~"隠れ家"のコレクション~
実は昨日23日は、昨日付けと一昨日付けの日記に書いた「ピカソ展 躯〔からだ〕とエロス」と「花と緑の物語展」を見終えた後、もう一展観に行ったところがあった(合計3展もハシゴすると、結構頭の中が整理つかなくなってきたりしますw)。
それがタイトルにある「エルミタージュ美術館展」(江戸東京博物館)である。
江戸東京博物館は、清澄白河駅から大江戸線で2つ目の両国で降りるとすぐのところにあった。昨年の江戸開府400周年に向けてか、随分と前から既に建設してあった建物だったのだと思うが、まずはそのスケールに驚き、続いてゆっくりとその異形なファサードをはじめとした建物全体のユニークな形に驚かれることとなった。
何しろこの江戸東京博物館は、以前にも何度か自分の日記で触れたことのある、菊竹清訓氏の手によるものだったのである。
普段両国などあまり来る機会がないので、久し振りに下車して、初めてこのような近代的な複合施設を両国駅で見ることになることに新鮮な気持ちを覚えた。
両国や浅草、東京丸の内を主に訪れたことがあったのは学生時代だった。永井荷風や芥川龍之介、中原中也etc……そうした文豪の軌跡を追いかけ、小説や詩の中で描かれた原風景と、今まさに私が見ることのできる現在の風景とを比較して、明治~平成にかけての「東京」を形成していた、あるいは変遷してきた不易流行の要素をピックアップし、ゼミで発表するというフィールドワークを行っていたことがあった。
そんな当時、両国とゆかりの深い芥川龍之介を採り上げ、作品中の「ルサンチマン」的要素をピックアップしていったことがあった。その一つに安岡章太郎氏なども引用していた芥川龍之介の『本所両国』(東京日日新聞連載)という名の随想の中に、下記のようなくだりがある――。
「僕は生まれてから二十歳頃までずっと本所に住んでゐた者である。明治二三十年代の本所は今日のやうな工業地ではない。江戸百年の文明に疲れた生活上の落伍者が比較的多勢住んでゐた町である。」
――確かにこの随想は芥川が青年期を振り返って書いたものである。当時はまだ江戸から明治への変遷の過程で、廃藩置県の名目で職を失った人が多く、貧しい雰囲気が漂っていたのかもしれない。晩年の芥川がそうした人たちを思い出し、変わり果てた生まれ育った本所の街並みを憂うかのような、言い換えればあの文明開化の時代に複雑に揺れ動いた幼心を懐古するかのような「ルサンチマン」的回想であると、私は感想を述べたことがあった。
そんな「工業地両国」も、今私が降り立った感じではそんな印象は受けない。むしろ近代的な街並みに思えるのだが、それには江戸東京博物館もその効果に一役買っているのかもしれないと思った。
閑話休題。
この「エルミタージュ美術館展」は、正式には「サンクトペテルブルク古都物語 エルミタージュ美術館展 ~エカテリーナ2世の華麗なる遺産~」として宣伝されており、今電車内の中吊り広告などでも派手な衣装を着たエカテリーナ2世の絵と、同じく派手な馬車などの描かれたポスターを見かけることがあると思う。「華麗なる遺産」と謳うだけあって総数300万点にも及ぶという、まさに「北のルーブル」と異名をとる程の質量のコレクションや、サンクトペテルブルクというまだ見ぬ都市の歴史について興味を持ったので観に行こうと思ったのだった。
また「エルミタージュ」という言葉には、フランス語で「隠れ家」の意味があるらしく、思わずそこに以前の日記でも触れた、「ロクス・ソルス荘」や、デ・ゼッサントが隠居した郊外の邸宅などを連想した。
もちろんエルミタージュ美術館は、18世紀後半の君主であったエカテリーナ2世のコレクションが元になっている点で、趣きを異とするものではある。
昨年2003年に建都300年を迎えたというロシア第二の都市サンクトペテルブルクを記念して開かれたという本展。ピョートル一世(大帝)によって、サンクトペテルブルクが建都したのが1703年、ちょうど江戸開府100年の節目の年であった。1712年にモスクワから帝政ロシアの首都を遷都してからは、ロシア革命までの実に2世紀近くも首都として栄えたことになる。サンクトペテルブルクは、私も一時期読みふけったドストエフスキーや、プーシキンなどが住んだことで文学を愛好する人にとっては一度は行ってみたい都市だと思う。
当時のサンクトペテルブルクをはじめとした帝政ロシアを治めたエカテリーナ2世が集めたコレクションの数は、かのベルサイユをもしのぐと言われますが、ベルサイユと比較して語られるようになったのは、フランスびいきであったエカテリーナ2世の治世があったからである。
「エカテリーナ美術館」とも呼べる彼女のコレクションは、多くのフランス絵画にはじまり、金銀で作られた食器、宝石のちりばめられた飾り物や置物など、ロシア帝国の「黄金時代」と呼ばれる由縁がそこにあるのかもしれない。
文化・芸術に花開いたエカテリーナ2世による治世。
それはある種の享楽的な時代を作り上げたのかもしれないが、幾度かの戦争や叛乱などがあったにしても、ヨーロッパ全土に広まる程の文化や芸術を一から作り上げ、国民の目を争いから反らせ文化的発展によって世界に対抗しようとしていった史実には、現代日本の為政者にも学ぶところが多いのではないかと思った。
エカテリーナ2世はもともとドイツの小国出身である。まるでコルシカ島出身のナポレオンがフランス皇帝となったように、他国から来た人によって国力を上げることとなるのである。エカテリーナ2世が当時のロシアにおいて女帝となったことで、辺境の地ロシアに住む人々に自信と希望とを与えることになるのである。
ところで、プーチン大統領も、このサンクトペテルブルクの出身だそうである。
先日のベスランの学校占拠・人質事件など、今後も対策を迫られることになるプーチン大統領にとっても、エルミタージュ美術館への思いはきっと強い筈である。
文化・芸術だけが人々を平穏に導く手段ではないのかもしれないが、こうした芸術面における活動を続けることによって少しでも平和に近づけるのであればいいなと、冒頭に書いた「ルサンチマン」的気分で思うのであった。
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