【訃報】 仏の写真家アンリ・カルティエ・ブレッソン氏死去。 ~「決定的瞬間」に対する思い~
今日のヤフーニュースで知った。
ブレッソンは、日本でも人気の写真家ロバート・キャパとともに高名な写真家集団「マグナム・フォト」を結成したフランスの報道写真家。「決定的瞬間」という言葉の生みの親とも言われている。
私自身は写真を仕事にしているわけでもないし、デジカメを初めて使い始めたのも、楽天広場の方で日記を書き始めてからのことだが、実は日記で写真家のことについて書くのは2回目となる。
1回目は、今年1月26日に交通事故で亡くなられたヘルムート・ニュートン氏について書いたときである(「ヘルムート・ニュートン氏の事故死に黙祷を。」)。
ヘルムート・ニュートン氏が『VOGUE』誌をはじめとしたファッション・広告業界の写真について撮っていたのに対し、ブレッソンは第2次世界大戦下のパリや、ベルリンの壁崩壊など、いわゆる歴史的事実を撮っている。
なぜ私がこうした亡くなったカメラマンのことについて書くのか?自分でもよく分からないのだが、おそらくは普通に、画集やポストカードを見ていることが好きだったことが起因しているのかもしれないし、シュルレアリストたちが多く活躍した20世紀初頭のパリを中心に華やいだ独特な芸術運動にほんのうわべだけであるのかもしれないが、常々興味を抱いていてこうした著名なアーティストを好む傾向があるところから、単なるミーハー、もしくはスノビストだと自覚している部分もある。
あるいは全く別の経験から来ているものもあるのかもしれない。小学6年生の頃、1年間だけ夏休みや冬休みまで全て返上して進学塾に通っていたことがあった。国語の授業の際、どこかの中学校の入試問題がいつものように「演習」として配布されたものだったが、その中に画家だか写真家の精神状態を綴った文章があり、そこに「決定的瞬間」という言葉が含まれていて、それが文脈から何を指すか?といったような記述問題があり、出典の書名は忘れてしまったのだが(ブレッソンの話ではないかもしれないが)、どうにも「決定的瞬間」という、言わば「切り取られた歴史の断面」のような表現を好むようになってしまい、それ以降書くことになる作文などで頻繁に流用していた思い出がある。
それから、この時代のアーティストたちの交流は素人目に見れば、まるでロートレアモン(イジドール・デュカス)の言葉で言うところの「ミシンと洋傘との手術台のうえの、不意の出逢い(『マルドロールの歌』)」のような蠢惑的な邂逅であって、後述のマン・レイとキキ、マン・レイとブランクーシ、フジタとケルテス、ケルテスとブラッサイ、ブラッサイとピカソ、ピカソとドラ・マール、ミュシャとサラ・ベルナール、コクトーとシャネル、アポリネールとローランサン、バルテュスと節子夫人、サルトルとボーヴォワール、ブレッソンとサルトル――、といったようなどんな因果か知らないが、たとえば「アフリカ芸術」を先の「手術台」に見立て、画家や写真家、作家や思想家など偉大なアーティストたちの職種を越えた不意の出逢いを想像していると、何だか楽しくてワクワク・ゾクゾクしてくる感じがするのである。
この「アフリカ芸術」。私は詳しくは知らないのだが、ピカソがその影響を受けていたことがあったのは有名である。そのことを論じたマルセル・デュシャン、『ロクス・ソルス』や『アフリカの印象』で熱帯夜に伴う幻覚症状のような奇想天外な夢物語を表現したレーモン・ルーセル、そんな神秘的なアフリカを『幻のアフリカ』で語ったミシェル・レリス、モデルのか細さに根源を見るモディリアーニの絵画、先日六本木ヒルズの森美術館に見に行った「MoMA ニューヨーク近代美術館展」の中でひときわ異彩を放っていたアルベルト・ジャコメッティやコンスタンティン・ブランクーシなどの抽象的な作品群、ジャコメッティを詩ったモーリス・ブランショ、ブランクーシに師事したイサム・ノグチetc……、何かあの太古の時代より変わらぬように見える「アフリカ芸術」こそがアバンギャルドであると言わんばかりに、実は20世紀芸術の根底に横たわっているのではないか?といったような錯覚に陥らされるような感じがするのである。
それから個人的に、別の繋がりから言えば、ブレッソンの亡くなられた本日8月5日は、私の好きな澁澤龍彦の命日でもあった。
今、改めて本棚に入った様々な写真家の写真集を手に取って、何某かの思いに浸って見返したい気持ちである。昔、東京都写真美術館で買い求めたオムニバスの写真集や、ブレッソンの作品の掲載されている写真集、マン・レイやウジェーヌ・アジェやブラッサイ、ロベール・ドアノー、土門拳、細江英公、森山大道、果てはクリフォード・コフィンまで、普段は眠ったままになりがちな写真集ばかりなのだが、今日に限っては珍しくそのありとある歴史の群像をさらけ出した「決定的瞬間」が刻まれた作品群は、一歴史の傍観者たる私の目を奪って止まないのだった――、合掌。
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