「松岡正剛千夜千冊達成記念ブックパーティー」に参加!
今朝、朝の6時過ぎに帰った後はシャワーを浴びて即寝。昼過ぎには起きて、午後に備える。
本日15時からは原宿クエストホールで行われた「松岡正剛千夜千冊達成記念ブックパーティー これでだめなら、日本は闇よ。」に参加するために足を運んだ。
松岡正剛氏のこの偉業については、その巨大な知のネットワークに触れたいがために氏の著作を多く読んでいるわけでもないのに恐れ多くも著書の感想文なんかも書いてしまったこともあった。
面白いことに、好奇心というものは、突っ込めば突っ込むほど高まってくるようで、一度はこの目で松岡正剛氏という人を目の前で見てみたくて仕方がない気になっていたところ、タラナイさんからご案内を頂いたり、千夜千冊アップロード委員会さんへ相談したりしながら実現可能なものへとなってゆき、何とかこのイベントへ行く決心がついた。
ブックパーティーの始まる15時頃、原宿-表参道間にある原宿クエストホールを訪れると、既に多くの方々が来ており、むしろあれだけ広いホール内に置かれたイスに空きが見当たらない程の混み方であった。夜の10時過ぎまでパーティーは続くのだが、途中の休憩のときにはシャンパンや一口サイズのデザートなどが振舞われ、ホール入口付近も知り合い同士で来られた方や、なかには「千夜千冊」で採り上げられた著作の著者の方なども混じって、ものすごい活況を呈していた。そのときの様子を写真に収めて参りましたのでご興味のある方はご覧ください(写真)。
いとうせいこう氏の軽やかな司会進行により、7時間という時間は瞬く間に過ぎ去った。その間、松岡氏にメッセージや曲を贈った方々は、先の「千夜千冊」の出版化が求龍堂という出版社で決まったことが発表されたが、その書籍版『千夜千冊』の装幀を務められることとなった福原義春資生堂名誉会長をはじめ、慶応義塾大学教授金子郁容氏、安西祐一郎慶應義塾大学学長、英文学作家高山宏氏、詩人の高橋睦郎氏、ファッションデザイナーのコシノジュンコさん、芸術家森村泰昌氏(ビデオレター)、アートディレクター浅葉克己氏、インテリアデザイナー内田繁氏、サックス奏者坂田明氏、日本オラクル代表取締役社長新託正明氏、舞踏家田中泯氏、またはWEB版「千夜千冊」で既に語られた著作の著者数人など、作家や音楽家、芸術家、教育シーン、ビジネスシーンにおける各界の大御所ばかりであった。
この日配られたパンフレットの中に書籍版『千夜千冊』の案内が入っていたが、携わる世話人たちの名前がまたすごい。作家の井上ひさし氏、舞台俳優美輪明宏氏や、工作舎、みすず書房、筑摩書房、講談社、集英社、角川書店、中央公論社、早川書房、創元社、岩波書店、新潮社、法政大学出版局、文藝春秋などの出版社社長をはじめ、京都造形芸術大学学長、東京大学大学院教授、河合隼雄文化庁長官、文化人類学者山口昌男氏、宇宙航空研究開発機構理事長といった研究所や教育シーンのトップの方々、その他、写真家や建築家、華道家や能楽師、邦楽家、落語家、陶芸家、美術館館長、または鳩山由紀夫氏をはじめとした衆参議員や文部科学大臣等の政財界のトップ、三菱商事、三菱自動車工業、電通、大日本印刷、凸版印刷、セイコー、松坂屋、メルシャン、三井住友海上火災保険、ビームス、八重洲ブックセンターの会長・社長・顧問などの役員クラスの名前が並んでいた。
WEB版「千夜千冊」、先日7月7日の『良寛全集』でその偉業を一旦終えたわけだが、今日の講演によれば、これは通過点に過ぎないといったような意見が聞かれた。
ところで私もかつて、イタロ・カルヴィーノの『マルコ・ポーロの見えない都市』を採り上げたことがあったが、松岡正剛氏がこのイタロ・カルヴィーノを「千夜千冊」で採り上げた今年1月26日に書いた第932夜の冒頭にて、前日に氏が還暦を迎えた話を書いてる。
この「還暦」という言葉。父が10年ほど前に還暦を迎えたときに母が赤いチャンチャンコをプレゼントしているのを見て「変わった風習だな」と感じたことがあった。父が「次は古希か……」と言ったときに、それらの語源の話になって父の聞きかじりの説明を聞いたとき、一見何の関連性もないその言葉に興味を覚えたことがあった。
「還暦」とは中国の干支の思想で、人間は満60年で人生を一周(本卦還り)するという考え方があり、赤ちゃんに生まれ変わった気持ちでこれからも元気にという意味合いがあるらしい。「なるほど、それでチャンチャンコか(笑)!」といった軽い感動があった。
還暦の「還」の字には、「還元」とか「元に還る」とか「一周する」みたいな意味があると思うが、この言葉がまさかその1、2年後の自分が、一層の興味をもって触れることになるとは、そのとき思いもしなかった。そんな話を聞いた1、2年後には、私は大学の卒業を控えて、いやいや卒業論文なんてものを書いていた。が、専攻が日本の平安文学だったのだが、現代文学でもいいよと先生に言われ、ずっと好きだった澁澤龍彦をテーマにすることで、少しはやる気になっていたものだった。
そのとき書いたものはコチラにアップしているが、その中で澁澤龍彦の死について触れたことがあった。
実は澁澤龍彦は1987年の8月5日に亡くなられているが、生まれたのは1928年の5月8日ということで、月日をひっくり返せば何となくぐるっと一周したような感じがしなくもないではないかという話を、当時氏を論じていた著名な作家の評の中に見て、こじつけだとは思いながらも、ゲーテの「自分の一生の終わりを、初めと結びつけることのできる人は最も幸福である。」という言葉を引き合いに出しながら、「ウロボロスの蛇」についてや、『ドグラ・マグラ』(小説)、『去年マリエンバートで』(映画)、『ゴドーを待ちながら』(演劇)を引き合いに出して、物語の出だしと終わりが同じシチュエーションという文学構造を面白く感じた話を書いたものだった。自分の知っている中で今風のものに置き換えると何があったろう。「きまぐれ オレンジ☆ロード」の始まりと終わりも、神社の階段で麦藁帽子が飛んでくるシーンで共通だったかと思うが、あれも感動た(笑)。
つまり、また元のところに戻ってくるという設定が物語を帰結させるようでいて、実は帰結させずにまた再び姿を変えて繰り返してくれるのではないか?といったような期待感をもたせることに成功しているという仮説を立てたのであった。というか感想を持っただけなのだが。
今月20日の読売新聞(夕刊)に、松岡正剛氏の「千夜千冊」達成に対する評論が書かれていたが、その中で第一夜の中谷宇吉郎の『雪』で始まり、「淡雪の中にたちたる三千大千世界またその中に沫雪ぞ降る」とある良寛の『良寛全集』で第1000夜の幕を円環構造で閉じたというくだりがあり、これは自分の好きな構造だと思った。
「千夜千冊」はある種一つの広大な宇宙のようで、ちりばめられた星々がネットワークを形成し、意外な場所や条件で繋がってくることがあるのだが、一般的に見れば壮大な現代版「百科全書」のような集大成(アンソロジー)だと感じます。井上ひさし氏が「平成のダヴィンチです」と評したように、まさに文理・アートに関する古今東西の巨大な情報網を、現代のインターネット社会へ反映させるという試みによって、周囲にも多大なる影響を与えたのかと想像する。
先に述べたように、もし「千夜千冊」の円環構造が、氏も言うように「成し遂げたという感じがしない」という未来の行動に対する期待感を持ってよいとすれば、それはおそらくネット上から飛び出して出版化される書籍版『千夜千冊』も含め、本日の講演にも話のあった現実上の世界における「図書街」構想がそれに当たるのかもしれないと感じた。
1944年生まれの松岡正剛氏、今年60歳を迎え、奇しくも「還暦」の年に「千夜千冊」を円環構造で終止符を打つという修辞を行った。これは単なる偶然なのか、それとも氏が20代のときに創刊させた雑誌『objet magazine 遊』や『遊学』に見る「遊び」の一種なのか、次なる新しいプロジェクトである千夜千冊の本棚「燦架(さんか)」や、現実上の「図書街」構想などを視野に入れた上で「平成のダヴィンチ」と評された氏の「ダヴィンチコード」ならぬ「正剛コード」なのか下層読者である私などでは到底計り知れないが、本日の講演でも聞いた、一時期文字が欠損して見えたことがあったとか点滴を受けたとか、とにかく還暦を迎えたことだし、今一度集蔵した知識はそのままに生まれたばかりの赤ちゃんのように健康体になって、一般人では果たせぬ未来の文化への架け橋を渡して、その後の私たちの行くべき道を示してほしいと思った。
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