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2004年07月27日

ワン・トゥ・ワン・マーケティングブーム再来!? ~次世代携帯続発、モバイルコンテンツ急増、非接触ICカード、QRコードetc……~

 今日、久し振りに外出した際、コンビニでTITLE(文藝春秋)の表紙が目を引いた。「ケータイだけでどこまで行ける?」なんて見出しがあったが、最近では老若男女問わず、いつどこに行っても電車の中でも喫茶店の中でも携帯電話ばかり見ている人を多く見かけるようになった。

 一昔前までは大手企業でも管理職クラスの方は、携帯電話の操作がきちんとできないと出世できないとまで言われ、まるでカリカチュアにでもなりそうな風潮があるとどこかで読んだこともあったが、そこらのデジカメも顔負けくらいの画質でデジタル写真が撮れる携帯電話や、着メロだけでは飽き足らず着うたなんてものまで出てきている今となっては、大抵の人がいろんな機能を使い倒していることと思う。私はドコモユーザーだが、昨年末の携帯電話・月間純増数でau(KDDI)が一時期ドコモを抜いた背景に「着うた」の存在があったことはよく言われるし、総務省が昨年くらいから動いている来年度施行を予定している番号持ち運び(ポータビリティー)制度などが始まったら、大企業体質の抜け切らない企業は淘汰の波を思い切りかぶることになるかもしれない。

 ドコモも「FOMA」などのいわゆる3G携帯(第三世代携帯電話)サービスにおいて生まれた「着モーション」などで対抗しているようだが、競合キャリアであるKDDIの「cdma2000 1x」、J-フォンの「Vodafone <G(Global Standard)>」なども出始めて、往年の「VHS-ベータ」戦争は、DVD-Rやデジカメのメディア系の規格バトルにも劣らない拮抗を見せていると言える。

 ホントに最近の携帯電話ではいろんなことができるようになったんだなぁ~と、以前の職場でのやり取りを思い出した。ある20歳そこそこの女子社員が、毎月のパケット料金で「遂に50000円突破!」とか薄笑いを浮かべながら言っていましたが、こういうのを俗に「パケ死」と呼ぶのだろうか?クレジットカード破産よりも身近な存在でもあるのだなと驚いた覚えがある。

 最近では先発の「Edy」や「Suica」などの普及も含め、規格自体が誕生以来20年来というもの大きな変化も遂げずに化石化しそうな「クレジットカード」に代わり、現金決裁可能な非接触ICカード搭載の電子マネー系のものに消費者の意向がシフトし始めたのか、「おサイフケータイ」なんて言葉も出始めて、既にヤフーでも大きく「iモード FeliCa特集」といった特集が組まれるくらい熱い注目が各業界から注がれているようにも感じる今日この頃で、一時期の「オンラインショップ(レンタルサーバー)」・「独自ドメイン」ブームや、「ブロードバンド」台頭のブームをにわかに思い出させる。今や携帯・モバイル産業がそれ以上に大きな、新たな市場ビックバンを起こそうとしているかのようにも見える。

 こうした産業の発達は人類の文化・コミュニケーションの発展史とも大きく絡んでくると思う。「マスメディア」というある組織から大衆に向けた告知方法、「パーソナル・メディア」と呼んで語弊があるかもしれないが、Personal(人)から人へといったような電話のような告知方法、そして掲示板やチャットなど不特定多数の人が同時期に同一の場所でコミュニケーションや商取引などが可能となったインターネット普及によって確立された「マルチメディア」という告知方法の誕生。これ全て、人々のニーズが生んできたものではなかろうか?

 未来の生活はどうなってゆくのだろうか。パソコンやロボットが支配するという人もいるし、イントラネット・インターネットという次元ではなく、IPV6の規格の施行などによってIT家電で支配されるようになると言う人もいる。ここで改めて昨今の「パソコン VS 携帯電話」的な歴史風の年表を適当に作ってみる――、

1987年 NTTによる携帯電話サービス開始。

1992年 NTTより移動通信事業に関してNTT移動通信網株式会社へ営業譲渡(NTTからNTTドコモが独立)。
    日本のインターネットハッカーがIIJ社設立、インターネットの商用利用が始まる。

1993年 米国のゴア副大統領が「情報スーパーハイウェイ構想」を発表。

1994年 デンソー電子応用機器が「QRコード開発」

1995年 Windows95発売

1998年 Windows98発売

1999年 元リクルート勤務の『iモード事件 』の著者でもある松永真理さんが「iモード」を開発し、NTTドコモでサービス開始。

2001年 ブロードバンド元年(「ブロードバンド」が、新語・流行語大賞受賞・2001年トップテン入賞)、WindowsXP発売。

2004年 パケット通信料金定額制スタート。

――こう一覧で見てみると、これだけ騒がれているインターネットが出始めたのって、私がもう20歳の頃の話なんですよね……(汗)。

 さらに最近ではリクルートのサービスで、2次元バーコードと携帯電話を絡めたサービスMO-ON(ムーン)を発表するなど、私が使っている携帯電話でさえ読み取りが可能なバーコードが普及し始めたところである。特にQRコードが最も普及しているようで、冒頭に挙げた『TITLE』でも無数のQRコードが紹介されていたり、「未来検索livedoor」などを見ていても話題性が分かるが、名刺や社員証などに入れている会社も既に多くあるみたいである。

 QRコードは、専用の市販ソフトを買えば一般の人でも簡単にQRコード入りの名刺を作ることが出来てしまうものだし、QRコードの作成自体はWEB上(コチラのサイトなど)で無料で簡単に行うことが出来てしまう。

 当然のことだが日本では携帯電話の販売価格はパソコンよりもはるかに安く、その割には最近の携帯電話ではFlashなども動くし、「iアプリ」をはじめとしてゲームも楽しめてしまう程に発達している。果てはウイルス騒ぎなんてものさえあるし、電話ボックスや固定電話の減少どころかビジネスホンの存在さえ危うくなるような?「モバイル・セントレックス(携帯電話を企業の内線電話として利用できるサービス)」なんてものまでニュースに飛び出してくるから、もうめちゃくちゃ!ワケが分からないくらいである(汗)。こうした産業の発達は、最近よく言われるようになった「ファシリティ・マネジメント」といった側面からでも効果的な提案が続発してきそうな感じがしなくもない。

 先にも言ったように、何しろそこまでいろいろできるようになった携帯電話なので、よくよく考えるとパソコンよりも下手するとコストパフォーマンスがよくなってくる。売り手側からすれば過当競争の末の価格破壊が恐ろしいところかもしれないが、携帯電話が消費者にもたらす恩恵は革命的な勢いがある。
 そういった意味で、パソコンは「各家庭に1台」から「1人1台」と言われているのに対して、携帯電話は明らかに「1人1台」から「1人2台」といったように用途や機能に応じてキャリア別にもったりするくらいの勢いでユーザーが増える可能性も秘めている。そうなると、携帯電話1台に対して1つの人格があるようなものだから、表題にあげた「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」というものが、初めて確証をもって市場イメージを想起しやすくさせてくれる感じもしなくもない。

 ホントにこれからの携帯電話はどうなってっちゃうんですかねぇ。『TITLE』はページをパラパラめくっただけだが、そんな思いが脳裏を去来した。未だに「通話・メール・iモード」しか使っていない携帯電話ユーザーの私だが……。

カテゴリー:[ IT関連 ]

投稿者 cyberpoet : 03:32 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年07月24日

「松岡正剛千夜千冊達成記念ブックパーティー」に参加!

 今朝、朝の6時過ぎに帰った後はシャワーを浴びて即寝。昼過ぎには起きて、午後に備える。

 本日15時からは原宿クエストホールで行われた松岡正剛千夜千冊達成記念ブックパーティー これでだめなら、日本は闇よ。に参加するために足を運んだ。

 松岡正剛氏のこの偉業については、その巨大な知のネットワークに触れたいがために氏の著作を多く読んでいるわけでもないのに恐れ多くも著書の感想文なんかも書いてしまったこともあった。
 面白いことに、好奇心というものは、突っ込めば突っ込むほど高まってくるようで、一度はこの目で松岡正剛氏という人を目の前で見てみたくて仕方がない気になっていたところ、タラナイさんからご案内を頂いたり、千夜千冊アップロード委員会さんへ相談したりしながら実現可能なものへとなってゆき、何とかこのイベントへ行く決心がついた。

 ブックパーティーの始まる15時頃、原宿-表参道間にある原宿クエストホールを訪れると、既に多くの方々が来ており、むしろあれだけ広いホール内に置かれたイスに空きが見当たらない程の混み方であった。夜の10時過ぎまでパーティーは続くのだが、途中の休憩のときにはシャンパンや一口サイズのデザートなどが振舞われ、ホール入口付近も知り合い同士で来られた方や、なかには「千夜千冊」で採り上げられた著作の著者の方なども混じって、ものすごい活況を呈していた。そのときの様子を写真に収めて参りましたのでご興味のある方はご覧ください(写真)。

 いとうせいこう氏の軽やかな司会進行により、7時間という時間は瞬く間に過ぎ去った。その間、松岡氏にメッセージや曲を贈った方々は、先の「千夜千冊」の出版化が求龍堂という出版社で決まったことが発表されたが、その書籍版『千夜千冊』の装幀を務められることとなった福原義春資生堂名誉会長をはじめ、慶応義塾大学教授金子郁容氏、安西祐一郎慶應義塾大学学長、英文学作家高山宏氏、詩人の高橋睦郎氏、ファッションデザイナーのコシノジュンコさん、芸術家森村泰昌氏(ビデオレター)、アートディレクター浅葉克己氏、インテリアデザイナー内田繁氏、サックス奏者坂田明氏、日本オラクル代表取締役社長新託正明氏、舞踏家田中泯氏、またはWEB版「千夜千冊」で既に語られた著作の著者数人など、作家や音楽家、芸術家、教育シーン、ビジネスシーンにおける各界の大御所ばかりであった。

 この日配られたパンフレットの中に書籍版『千夜千冊』の案内が入っていたが、携わる世話人たちの名前がまたすごい。作家の井上ひさし氏、舞台俳優美輪明宏氏や、工作舎、みすず書房、筑摩書房、講談社、集英社、角川書店、中央公論社、早川書房、創元社、岩波書店、新潮社、法政大学出版局、文藝春秋などの出版社社長をはじめ、京都造形芸術大学学長、東京大学大学院教授、河合隼雄文化庁長官、文化人類学者山口昌男氏、宇宙航空研究開発機構理事長といった研究所や教育シーンのトップの方々、その他、写真家や建築家、華道家や能楽師、邦楽家、落語家、陶芸家、美術館館長、または鳩山由紀夫氏をはじめとした衆参議員や文部科学大臣等の政財界のトップ、三菱商事、三菱自動車工業、電通、大日本印刷、凸版印刷、セイコー、松坂屋、メルシャン、三井住友海上火災保険、ビームス、八重洲ブックセンターの会長・社長・顧問などの役員クラスの名前が並んでいた。

 WEB版「千夜千冊」、先日7月7日の『良寛全集』でその偉業を一旦終えたわけだが、今日の講演によれば、これは通過点に過ぎないといったような意見が聞かれた。

 ところで私もかつて、イタロ・カルヴィーノの『マルコ・ポーロの見えない都市』を採り上げたことがあったが、松岡正剛氏がこのイタロ・カルヴィーノを「千夜千冊」で採り上げた今年1月26日に書いた第932夜の冒頭にて、前日に氏が還暦を迎えた話を書いてる。

 この「還暦」という言葉。父が10年ほど前に還暦を迎えたときに母が赤いチャンチャンコをプレゼントしているのを見て「変わった風習だな」と感じたことがあった。父が「次は古希か……」と言ったときに、それらの語源の話になって父の聞きかじりの説明を聞いたとき、一見何の関連性もないその言葉に興味を覚えたことがあった。

 「還暦」とは中国の干支の思想で、人間は満60年で人生を一周(本卦還り)するという考え方があり、赤ちゃんに生まれ変わった気持ちでこれからも元気にという意味合いがあるらしい。「なるほど、それでチャンチャンコか(笑)!」といった軽い感動があった。

 還暦の「還」の字には、「還元」とか「元に還る」とか「一周する」みたいな意味があると思うが、この言葉がまさかその1、2年後の自分が、一層の興味をもって触れることになるとは、そのとき思いもしなかった。そんな話を聞いた1、2年後には、私は大学の卒業を控えて、いやいや卒業論文なんてものを書いていた。が、専攻が日本の平安文学だったのだが、現代文学でもいいよと先生に言われ、ずっと好きだった澁澤龍彦をテーマにすることで、少しはやる気になっていたものだった。

 そのとき書いたものはコチラにアップしているが、その中で澁澤龍彦の死について触れたことがあった。
 実は澁澤龍彦は1987年の8月5日に亡くなられているが、生まれたのは1928年の5月8日ということで、月日をひっくり返せば何となくぐるっと一周したような感じがしなくもないではないかという話を、当時氏を論じていた著名な作家の評の中に見て、こじつけだとは思いながらも、ゲーテの「自分の一生の終わりを、初めと結びつけることのできる人は最も幸福である。」という言葉を引き合いに出しながら、「ウロボロスの蛇」についてや、『ドグラ・マグラ』(小説)、『去年マリエンバートで』(映画)、『ゴドーを待ちながら』(演劇)を引き合いに出して、物語の出だしと終わりが同じシチュエーションという文学構造を面白く感じた話を書いたものだった。自分の知っている中で今風のものに置き換えると何があったろう。「きまぐれ オレンジ☆ロード」の始まりと終わりも、神社の階段で麦藁帽子が飛んでくるシーンで共通だったかと思うが、あれも感動た(笑)。

 つまり、また元のところに戻ってくるという設定が物語を帰結させるようでいて、実は帰結させずにまた再び姿を変えて繰り返してくれるのではないか?といったような期待感をもたせることに成功しているという仮説を立てたのであった。というか感想を持っただけなのだが。

 今月20日の読売新聞(夕刊)に、松岡正剛氏の「千夜千冊」達成に対する評論が書かれていたが、その中で第一夜の中谷宇吉郎の『』で始まり、「淡雪の中にたちたる三千大千世界またその中に沫雪ぞ降る」とある良寛の『良寛全集』で第1000夜の幕を円環構造で閉じたというくだりがあり、これは自分の好きな構造だと思った。

 「千夜千冊」はある種一つの広大な宇宙のようで、ちりばめられた星々がネットワークを形成し、意外な場所や条件で繋がってくることがあるのだが、一般的に見れば壮大な現代版「百科全書」のような集大成(アンソロジー)だと感じます。井上ひさし氏が「平成のダヴィンチです」と評したように、まさに文理・アートに関する古今東西の巨大な情報網を、現代のインターネット社会へ反映させるという試みによって、周囲にも多大なる影響を与えたのかと想像する。

 先に述べたように、もし「千夜千冊」の円環構造が、氏も言うように「成し遂げたという感じがしない」という未来の行動に対する期待感を持ってよいとすれば、それはおそらくネット上から飛び出して出版化される書籍版『千夜千冊』も含め、本日の講演にも話のあった現実上の世界における「図書街」構想がそれに当たるのかもしれないと感じた。

 1944年生まれの松岡正剛氏、今年60歳を迎え、奇しくも「還暦」の年に「千夜千冊」を円環構造で終止符を打つという修辞を行った。これは単なる偶然なのか、それとも氏が20代のときに創刊させた雑誌『objet magazine 遊』や『遊学』に見る「遊び」の一種なのか、次なる新しいプロジェクトである千夜千冊の本棚「燦架(さんか)」や、現実上の「図書街」構想などを視野に入れた上で「平成のダヴィンチ」と評された氏の「ダヴィンチコード」ならぬ「正剛コード」なのか下層読者である私などでは到底計り知れないが、本日の講演でも聞いた、一時期文字が欠損して見えたことがあったとか点滴を受けたとか、とにかく還暦を迎えたことだし、今一度集蔵した知識はそのままに生まれたばかりの赤ちゃんのように健康体になって、一般人では果たせぬ未来の文化への架け橋を渡して、その後の私たちの行くべき道を示してほしいと思った。

カテゴリー:[ 都市を遊歩する ]

投稿者 cyberpoet : 23:45 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年07月17日

「青山ブックセンター」閉店 ~東京からまた一つ、カルチャーが消える~

※旧「楽天広場」時代のブログより転載。

 既に多くのBlogで話題になっているが、本日のヤフーニュースなどでの突然の報告に愕然とした方も多いことだと思う。

 東京の文化発信基地のように、デザイン、建築、洋書系のお洒落な高級雑誌を多く置いていたり、六本木店ではときに明け方5:00過ぎまで営業を行っていたり、青山、広尾、新宿などの高級住宅街に開業していた東京流アカデミズムの顔とも言えるかもしれない青山ブックセンターが閉店を決めたことは、一部の人たちにある種多大なダメージを与えたに違いない。

 この手の、お洒落な書店やカフェが流行ってますねという話は、私もちょうど少し前の日記(「『BRUTUS さあ、ブックハンティングの季節です!』を読みました。 <前編> ~新興書店の発信する新しいコンセプト~」)に書いたばかりだった。

 「旅の本屋:BOOK246」や、「ユトレヒト」、「Village Vanguard」、「Hacknet」etc……、いわゆる「書店」というと、陰気臭いガリ勉の人や、インテリじみた文科系の人が集まるようなイメージを想起するが、そうした先入観を払拭――、どころか吹き飛ばすくらい斬新なコンセプトで、従来の「書店」に対するイメージを180度の転換させられることを余儀なくさせられたものだった。それは一昔前のカフェ飯ブーム、あるいは最近でもブームの続くカフェ系の文化とうまく融合し、一時の純喫茶や文壇バー、ジャズ喫茶のようなものさえ彷彿とさせるような、現代版サロンの形成に一役買っていたような気もする。

 この青山ブックセンター(通称「ABC」)に関しても、昨年の日記(「澁澤龍彦責任編集、『血と薔薇』が復刊(祝)!」)で話題にしたばかりだったので、まさか閉店なんて!と正直驚いた。

 確かに自分自身のことを言えば、本を買うのにわざわざ青山ブックセンターに赴いたのは、かつて1度か2度くらいしかない。最近では渋谷のブックファースト大盛堂書店くらいが関の山で、せいぜい東京や日本橋、新宿や神保町へ足を伸ばした際に、古本街や紀伊国屋書店、三省堂、書泉グランデ、丸善、八重洲ブックセンターなどで用を足す程度で、たまにリブロなどがあると少し時間をかけて周るくらいのものである。

 1度か2度しか訪れたことのない青山ブックセンターだが、その存在感は書店の中では、この東京中でもひときわ光る何かがあり、それが"全店閉店"と聞くと何だかとても淋しい気持ちになるものだ。それはまるで、東京からまた一つ、私たちが極自然的に誇りにしていた大切なカルチャーが失われたかのような錯覚にも陥る。

 このニュースを聞いて、ふと思い出したことがある。
自分の愛読誌に挙げてもいる、東京人という雑誌で、今年3月号くらいに、「東京からなくなったもの 消えた街角、思い出の風景(200号記念)」という特集を組んだ号があった。

 この号では、東京の名建築や映画館、喫茶店、鉄道などをはじめ、書店や古書店など、今までに失われてしまった昭和の息吹を、池内紀氏や出口裕弘氏や高田宏氏、飯沢耕太郎氏、鹿島茂氏、吉本隆明氏、大岡信氏、四方田犬彦氏、林望氏、久世光彦氏、坪内祐三氏、南伸坊氏、川本三郎氏、安西水丸氏、赤瀬川原平氏、高階秀爾氏、藤森照信氏、都築響一氏、隈研吾氏etc……、と昭和の東京の文化を語り出したら止まらない知の巨人たちや建築家たちの寄せた文章が並んでいる。

 進む東京都心部再開発事業のかたわらで、ひっそりと消えゆく東京の顔を描写した秀逸の特集号だったと思う。その中に、銀座のイエナ書店閉店の話もあった――。

 イエナ書店は、銀座にある高級洋書を取り扱う由緒ある書店として名前だけは知ってはいたが、このイエナ書店も青山ブックセンターより時期を早く、数年前に経営悪化のために閉店したものだった。

 かつて芭蕉の唱えた不易流行ではないが、書店も戦略を構えて経営していかなければ明日にもどうなるか分からない世の中になったのかもしれない。

 特にこれといったコンセプトを抱えているように見えない中小の書店に限ってはなおさらのことと思う。なにせ、あの青山ブックセンターでさえ閉店の道を辿ってしまうような世の中なのだから……。

カテゴリー:[ 都市を遊歩する ]

投稿者 cyberpoet : 03:11 | コメント (0) | トラックバック (0)