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新札発行の『夜明け前』(島崎藤村) ~真実はすべて闇の中~

 今、ヤフーなどで調べてみても、今秋を予定している新紙幣発行のニュースに関する記事が盛んである。

 なにしろ20年ぶりのことである。前にどこかのニュース番組か何かで、聖徳太子の一万円札が最も一万円札らしいというイメージを持つ人が多いという統計のようなものを出していたが、そもそも「お札」の成り立ちを考えると(学研のひみつシリーズの一つ『お金のひみつ 55』で読んだ知識くらいしかないが)本格的に庶民に使われるようになったのは江戸時代に入ってからのようで、出始めの頃は信頼をもらうまでに大変だったと読み覚えている。

 私たちの生きた時代にも新紙幣の発行はなされ、幼少時代は「新渡戸稲造って誰?」とか思っていたりもしたが、『武士道』などの著作のある著名な方であると後年(学生時代、アンドレ・マルローを読まされたり、『菊と刀』についての論文を書かされたり、『日本人とユダヤ人』(イザヤ・ベンダサン著)と『ヴェニスの商人』(シェイクスピア著)について書いたりしたものだが、その過程)になって初めて知ったが、今でもまだ読めてはいない。

 そんな新紙幣が国民の信頼を得るのにどれだけ大変だったかは、今の二千円札が信頼をもらうよりずっと難しかったと例えれば分かりやすいかもしれない。なにしろそれ以前は、金や銀など最悪それがお金でなくなっても何とかなりそうな代物ならともかく、紙をお金の代わりとする文化はなかったのだから。

 今回のタイトルにも使った『夜明け前』は、「木曾路はすべて山の中である。」という冒頭があまりにも有名な、島崎藤村の傑作長編小説から採った。文庫でも2巻に渡るので未だに読んでいないのだが。この小説が連載小説として発表された昭和4年、その年は先日も触れた『ツェッペリン飛行船』/柘植久慶(中央公論新社)の中で描かれたツェッペリン飛行船が来日した年だが、世界的に見れば昭和4年、つまり1929年と言えば、ニューヨーク株式が大暴落したことによって起こった世界大恐慌の年でもあった。数年後にフランクリン・ルーズベルトによって実施されたニューディール政策は、その世界恐慌を救うための政策だったとされる。また、公共事業の拡大で失業者に職を与え大企業や銀行を援助したと歴史の教科書などには説明がある。
 一見、今の日本の負債額などを見ると、日本大恐慌ではないのか?とか思ってしまいそうなのだが、今の日本にもこのような政策が準備されているのだろうか?

 先の『夜明け前』で、主人公の青山半蔵は、著者藤村の実父にあたる人と言われている。本居宣長らとともに国学の四大人の一人と言われる平田篤胤の先師没後の門人として学ぶ憂国の士、半蔵の心の成長(世直し・革命心、幕府への疑問、王政復古の念etc……)を描きながら、冒頭に説明があるように、木曽路(岐阜県)を舞台として、鎖国以来、「その国のおきてを無視して、故意にもそれを破ろうとするものがまっしぐらにあの江戸湾を望んで直進して来た」と作中に書かれたペリー提督率いる黒船が浦賀沖に来航して開国を迫った1853年7月8日の日のことを、酒の空壜や、籐椅子、寝椅子など、当たり前のものが漂着しても不思議がったという日本人の無知を書き、また作中で「生麦事件とは何か。これは意外に大きな外国関係のつまずきを引き起こした東海道筋での出来事である。」と語られている生麦事件(1862年)、幕政から天皇制へと、最後の将軍徳川慶喜による大政奉還(1867年)、そして私も2003年の夏休みに訪れた鶴ヶ城(会津若松城)で見た「白虎隊」の大河ドラマでもおなじみの鳥羽・伏見の戦いや戊辰戦争(1868年)についての周辺、「尊王攘夷は実にこの討幕運動の旗じるしだ。これは王室の衰微を嘆き幕府の専横を憤る烈しい反抗心から生まれたもので、その出発点においてまじりけのあったものではない。その計画としては攘夷と討幕との一致結合を謀り、攘夷の名によって幕府の破壊に突進しようとするものである。あの水戸藩士、藤田東湖、戸田蓬軒らの率先して唱え初めた尊王攘夷は、幾多の屈折を経て、とうとうこの実行運動にまで来た。」などの国民の動きを遠くに伝え聞きながら、明治維新、文明開化まで移り変わってゆく日本の近代化までの、つまり「夜明け前」を何とも巧く綴っているのである。

 ここから先の日本の歴史上で言えば、多くの人が興味を抱く明治維新の話になってくるかと思うが、この作品はまさに、「夜明け前」までのストーリーなのである。

 明治維新については、私はそんなに読んだことはないのだが、城山三郎氏の『雄気堂々』をレコメンドしておこうと思う。新撰組や彰義隊の話、一橋(徳川)慶喜の話などを楽しく読むことが出来る一冊である。

 以上のことから、こじつけかもしれないが現代の「憂国、平成世直し的風潮」が高まる中、今秋の新札発行によって、日本経済がどのように変化してゆくのか、今の時期はまさにその「夜明け前」くらいの季節なのかな?などと思ったので、こんなタイトルにしてみた。駄洒落である。

■【参考サイト】近現代・日本のお金
http://chigasakioows.cool.ne.jp/

カテゴリー:書評

投稿者 cyberpoet : 2004年06月27日 03:08

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