「没後100年記念 エミール・ガレ展」(サントリー美術館)
「モーパッサンは、自分が少しも好きではないエッフェル塔のレストランで、しばしば食事をした。だってここは、私がパリで塔を見ないですむ唯一の場所だからさ、と言いながら……。」
――この一文は、その出だしであまりにも有名なロラン・バルトの『エッフェル塔』の冒頭に置かれた文章である。それはパリを描こうとした際に、今までにも多くの人たちの手によって引用された文章かもしれない。それほどまでにこのエッフェル塔はパリの象徴であった。それが1889年のパリ万博においては殊更に……。
ここで描かれたエッフェル塔が建造されたのは、1889年にフランス革命100周年を記念して催された4回目のパリ万国博覧会に向けてであった。この一連の万博を通して、ナポレオン三世下にあった当時のパリは、サン・シモン主義の実現化として近代化を進め、まさに世界の中のパリへと変貌を遂げていったとされる。
そんな華やかなりし19世紀末から20世紀初頭にかけてのパリでは、「総合芸術」と呼ぶにふさわしい文化・芸術の流行が拡がっていた。その時代を俗に「ベル・エポック(良き時代)」と言うのだそうである。
今日は、昼頃から赤坂にあるサントリー美術館で開催中の「没後100年記念 エミール・ガレ展」を観に行った。エミール・ガレは、ルネ・ラリックと共に、先のアール・ヌーヴォー期を代表するガラス工芸・陶器・家具作家として有名である。私自身もエミール・ガレに関する本(『エミール・ガレ 人と作品』)を以前に読んだことがある。
この「アール・ヌーヴォー」に関して書き出すとかなり長くなると思われるので割愛するが、私自身は導入編としては、かつて海野弘氏の『アール・ヌーボーの世界』などで楽しんだ。
本展の中で説明されていた「総合芸術」――、すなわち「異なるジャンルの芸術家たちの協力体制が構築されたことが、(中略)また、一人のデザイナーが分野を超えて総合的な構想に携わる、つまり「トータルデザイン」という発想」――のところでは、アール・ヌーヴォー期の芸術作品をそのように表現していた。
モチーフとなったのは、当時の時事や交通網などの発達などはもちろんのこと、文学、美術、舞台芸術、イスラム文化、そしてジャポニスムetc……、そうしたアカデミックな分野から切り出した素材を、ガラス工芸品や陶器、建築、家具、ファッション、アクセサリーなど、身近な生活用品の中に表現しようとした芸術運動であった。
エミール・ガレの作品の中には、トンボやカマキリ、蜻蛉、バッタやその他植物など、ともするとグロテスクなモチーフを選ぶこともあるが、元来昆虫や植物などは、荒俣宏氏などをはじめとした博物学者が愛して止まなかったように、その微妙な色合いや身体的構造は自然美の極致でもある。それがガラス工芸や身近な日用品などと合わさったときには格別の美しさが引き出されることもままあるのだということを知った。
本展では、「総合芸術」と謳うだけあって、アール・ヌーヴォー、万博と聞いて連想するポスター芸術などにも触れていた。好きな『スタンランの猫(カフェ「シャ・ノワール」のポスター)』をはじめとして、ロートレックやミュシャのポスターも見れたので良かった。
そこでミュシャの描いた『ジスモンダ』のポスターを見たところで、美術館を出て、永田町駅から南北線に乗った。
続きは明日の更新分で。
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