建築家・菊竹清訓氏プロデュースの空間に包まれて。
今日お伺いしたお客様は、以前より格別に懇意にしていただいていたお客様だ。その方はお医者様なのだが、診療方針に独特なポリシーを掲げて診療にあたっている先生である。
その独特なポリシーの一つが「環境づくり」である。「現代版"白い巨塔"」が単なる物語で終わらない!なんて医療不信が叫ばれる時勢の中で、「信頼出来る臨床経験や治療技術」「最新鋭の設備の充実」などをいかにアピールできるかで、病院は生き残りを賭けている!といった具合に、昨今のマスコミによるブーム便乗には少々節操のない風潮を感じなくもない。
一昔前までは確かに、「医院の前に自転車がいっぱい停まっている」とか、「玄関に靴がいっぱい並んでいるのが見える」というのが優良医院(患者からの人気があるという意味)だと言われることもあったようだが、よくよく考えてみると、患者にとってしてみれば医者、もしくは医院の「経験・技術」や「設備」などは、あって当たり前だという認識でおられる方がほとんどなのではないだろうか。
つまり「医院」という空間には、それに足してなお求められる要素があるのかもしれない。それがつまり医療サービスとしての「接客・応対」であったり、心和ませるような調度品選び、空間演出――一言で言えば「ホスピタリティ」なのである。もちろんそれを推進しているからと言って必ずしも「優良」だと決め付けるのは簡単だが、現に医院でありながらISO9001の取得などを行い、治療面以外での品質向上を謳う医院があるのも事実であり、「病院経営」を高らかに謳い上げ、そうした取得を促す手続き代行業者が急増していることからもうかがえるものである。
そんな独自の展開をする先生の医院の内装を担当されたのが、かの菊竹清訓氏なのだそうである。
菊竹清訓氏と言えば、出雲大社庁の舎の設計をはじめ、数え切れない程の肩書きや著書、受賞歴、名誉名声を持たれた日本の誇る大御所建築家である。
最近の話題としては、開催まであと1年を切った「愛・地球(愛知万博)」の総合プロデューサーとして起用されたことだろう。
話がそれるが、この手の万博。実は以前にも何度か自分の日記――、「過去の冒険小説には「夢」や「教養」があった。」や、「「科学万博-つくば’85」の思い出」や、「「肉体のシュルレアリスム 舞踏家 土方巽抄展」」、「フィリップ・スタルクとバカラの邂逅」などで書いたように、実際に何度も足を運んだわけではないが好きだったりする。
愛知万博の主催内容のメインが、時代を反映して「IT」や「インターネット」に絡むもののようだということもあり、今からとても楽しみで、先日名古屋出張に行った際には、待ち遠しくて思わず万博グッズまで買おうとしてしまったくらいである(笑)。
この「インターネット」や「万博」を合わせて耳にすると思い出すのが、あの「インパク(インターネット博覧会)」である。2001年の幕開けをミレニアムとして謳い、2000年12月31日から1年間の期間限定でインターネット上に仮想のパビリオンを作った政府主催の一大イベント!・・・となる筈だったものである。
この「インパク」については、当時多額の出資をして、大企業も多くパビリオンとして出展し、荒俣宏氏や糸井重里氏など各界の文化人・知識人をも巻き込んで話題となっていたが、当初公開された構想程にはヒットせず賛否両論を生んだという経緯があり、それについて私が何か意見できるものでもない。良く解釈するならば、「早過ぎた出現」だった可能性もある。それだけに、今度の愛知万博には何か期待したいものもある。
先に挙げた「「肉体のシュルレアリスム 舞踏家 土方巽抄展」」の中で書いた、「氏(岡本太郎)のような「ベラボー」なイベントプロデューサー」は、おそらく菊竹清訓氏をおいて他に誰もいなかったのだろうと想像した。
そんな、もちろん実際に目のあたりになんてしたことのない菊竹清訓氏の手がけた空間に包まれていると、なるほど、この空間の演出を依頼した側、依頼された側の意志の疎通というか、共通感覚のようなものも垣間見ることが出来、もしかすると優秀な建築というのは、そうした互いの強いポリシーの結合した結果が成果として実ったものなのではないのかなとも思えた。
私がその菊竹清訓氏の考えに共鳴したと見られたのか、政財界、大企業の役員などを診るお客様は、待合室に置いた菊竹清訓氏の作品集を私に見せてくれた。
「菊竹さんはホントにすごいお方ですよ――。」
そうおっしゃるお客様の声を聞きながら私は、その重たい写真集を不器用にめくるのだった――。
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