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2004年02月28日

『遊学1・2』/松岡正剛(中央公論新社) ~芸術学に量子論!?~

 掲題の『遊学1・2』/松岡正剛(中央公論新社)、今日やっと2巻を読み終えた。感想を一言で言えば「難しかった」となるのだろうが、興味深い章も幾つかあり、"目を通した"だけでも良かったとしておきたい。

 この本は、1971年に創刊された、objet magazine『遊』(工作舎)という雑誌の初代編集長だった松岡正剛氏が、31歳のときに気になる歴史上の人物142人について書いた評をまとめた内容となっている。
 解説を高山宏氏が書いていているのだが、その中で「それにしても美術教育に量子論とは、と今なお思う人は多いだろう。(中略)本筋は俗に言う文と理の間の融通の自在さである」という件がある。

 一体何のことだか、これだけでは分からない。そもそも私には「量子論」というものが何なのかさえ分からない。文系出身だし……。言ってみれば、いみじくも、この「文系出身だし……」という発想を根本から否定するのが本書の特徴だと思う。

 『遊学2』の中の一章に、ドイツの物理学者マックス・プラントについて書かれた「量子のゆるい因果律」という項があるのだが、その冒頭で氏の面白いエピソードが書かれている。引用すると――、

 「そのころ神田神保町堀越ビル三階に教場をかまえていた美学校で、今後のカリキュラムをめぐる議論が百出した後、「じゃぁ、いったいあなたはなにを教えろといいたいんですか」に答えて、即下に「量子力学であるべきです!」といったところ、周辺に冷笑がわきおこった」
 ――というものなのだが、ここで言われた「美学校」こそが、かつて村上龍氏も授業を受けたことがあるという、あの石井恭二氏率いる現代思潮社(現、現代思潮新社)の創立十周年記念事業として、2002年に惜しくも亡くなられたアングラ界の鬼才、川仁宏氏によって創られた絵の学校なのである。

 "美学校"だというのに、そこに招聘された教師・講師陣のラインナップたるや――、澁澤龍彦、種村季弘、松山俊太郎、埴谷雄高、瀧口修造、加藤郁乎、中村宏、寺田透、寺山修司、唐十郎、土方巽、中西夏之、赤瀬川原平、鈴木清順etc――。

 澁澤龍彦が美学校で教鞭をとったというエピソードは以前に読んではいたものの、結構前のことになるが、洗足学園(ジャズ科)の講師として山下洋輔氏や渡辺香津美氏が招かれたというニュースを聞いて驚いたことがあったが、"美学校"の講師陣を今の作家に例えればどのようなキャスティングとなるだろうか?実は本書の著者、松岡正剛氏も1975年に教鞭をとっていたことがあるのだそうだ。

 また、氏のWEBサイトの書評の中で、高橋巌氏の『神秘学序説』に触れたものがあった。そこにもそんな"美学校"のエピソードがあったが、実は高橋巌氏の本、私も高校時代、妙にオカルトかぶれて古本屋で買ってしまったことがある。『神秘学講義』(角川書店)というものだったが、内容の方はかなりマニアックだった記憶がある。

 1970年代という時代は私が生まれた年代でもあるのだが、日本の文化史・文学史上で言えば、ちょうど文学に政治が介入し学生運動とイデオロギーをテーマとした60年代の風潮が、あさま山荘事件を一つの区切りとして幕を降ろすかに見えた矢先の三島由紀夫の自決や、日本万国博覧会(大阪万博)に始まり、ジョン・レノンの射殺事件で始まった80年代を迎えるまでの、文化史的に言えば、ある面での変革期でもあったように思われる。

 列挙し、数えあげればキリのない程の様々な実験・試みが図られた時期だったと想像する。60年代終わりの頃、澁澤龍彦責任編集の血と薔薇が創刊され、唐十郎責任編集の『月下の一群』が創刊され、今野裕一氏のペヨトル工房が創設し『夜想』の創刊まで――、とにかく私が想像する限りでは、そうした文化的活動の過渡期だったのではないか?と思えるくらい多くの言説が生み出された、勢いのある時代だったように思う。

 冒頭でも言ったが改めて言うと、この本の著者松岡正剛氏の創刊した、objet magazine『遊』も1971年発行である。最近では、出版不況という名の元に近年のリブロポートやトレヴィルの解散、『太陽』の休刊、京都書院や博品社の倒産などに象徴されるように、そうしたある面で(単に売上や企業規模だけでなくて)力強いというか、勢いのある出版社や雑誌をあまり見かけなくなった気がする。それらの雑誌や文化というのは、コレクション的な意味合いもあって、言い換えれば「消費の文化」でもあったような気がして、そうした類のものが迎合されない今の時代は、単に流行という要素もあるのだろうが、やっぱり本質的に不況なのかもなとも思った。

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2004年02月11日

メンクラ(『MEN’S CLUB』)創刊50周年、「時代の証言者」を読んで。

 『MEN’S CLUB』(アシェット婦人画報社)という雑誌がある。1954年創刊とあるので、今年でちょうど創刊50周年だ。
 また、婦人画報社と言えば、他にも『marie claire』『ELLE JAPON』『ELLE DECO』『BON VOYAGE』などの雑誌を出している老舗出版社である。

 オンデマンド出版がニュースで採り上げられたり、ネット書店の繁盛が話題に上がったりする中、リアルの書店の廃業が進むという悲しいニュースもある昨今の出版不況の世相の中、昨年は婦人画報社との提携もあった角川書店との業務提携解消問題に揺れた主婦の友社だが、当の角川書店傘下となった年、すなわち1999年に婦人画報社はフランスの大手出版社アシェットに買収された。

 最近では『週刊タイタニック』なんて模型を作れる雑誌も出していて、私は以前に発売された「カティサーク号」の甲板部分すら出来ていないのをつい忘れて、書店で見かけると思わず手に取り、レジまで持っていきそうな衝動に駆られることもしばしばある。

 閑話休題。さて、タイトルにも挙げた「時代の証言者」とは、読売新聞の解説欄にあるコーナーで、2月10日から始まっているのが、あの「VAN」の創始者、石津謙介氏の話である。
 VANは、昭和53年4月6日には当時500億円の負債を抱えて倒産し、同年の10月12日には破産申告を受けているが、その精神は「ヴァンヂャケット」に引き継がれている。VANブランドの代表的なテイストであった"アイビールック"は、ときに"(銀座)みゆき族"とも言われたらしく、一時期の若者を中心に絶大な支持を受けていたそうだ。

 「時代の証言者」の記事の中で説明のあった、石津謙介氏の作った「ボタンダウンクラブ」という会は、そのVANを愛好した方々によって結成されている集まりだそうだ。
 また、記事の中では、"アイビールック"の説明として、「米国名門大学の風俗を採り入れたVANブランドのアイビールック」などという修飾を用いており、さぞやダンディーな雰囲気に変身できるのだろうと、思わず「米国名門大学出身」を飾りたい衝動に駆られる……。

 そんな、"VANブランド"や"アイビールック"を日本に一早く紹介したのが、『婦人画報』の男性版である『男の服飾』という雑誌だった。この『男の服飾』こそが、『MEN’S CLUB』の前身の雑誌であり、かの石津謙介氏との繋がりも強い。
 
 『VANグラフィティ アイビーが青春だった』というムックについては、今では私の手元にある。この本(ムック)を知ったのは、何も親が着ていたとか、よく服を買っていたからとかではない。何しろ発行年が1980年とあり、その頃の私は小学校にも上がっていない頃だ。ちなみに、まだ戦後まもない、VANが有限会社として設立した昭和26年という年は、親父は15歳だったそうだが、あまりの貧しさのために今まで"VAN"の名前すら聞いたことがなかったと言っていた。

 このムックの存在を知ったのは、鹿島茂氏の著作、『この人からはじまる カップラーメンからキャバレーまで』の中の「VANヂャケットの時代 ――石津謙介」の項の冒頭で、氏の語った日常のエピソードの中でが最初であった。

 ここで改めてこの本や、先の『VANグラフィティ アイビーが青春だった』を見返してみて、私の知らない時代の――、団塊世代が熱狂したという昔日の"風俗"に、ある種憧憬にも似た思いを馳せつつ、この「時代の証言者」という連載に興味深く読み入るのであった。

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投稿者 cyberpoet : 03:36 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年02月07日

押井守監修『イノセンス』公開記念 「球体関節人形展」を見てきました!

 本日の土曜日は休みをもらい、先日同僚より紹介された表題の「球体関節人形展」を見に、東京都現代美術館に足を運んだ。

 同僚が営業に行った先の代表の方が、どうやら本展の作品の一つのモデルになったと言って、怪しげなチラシをもらってきてくれたのだが、妙にそそられるものがあって今日から開催したにも関わらず早速赴いた。

 まず、本展の大テーマである、「人は何故自分の似姿を造りたがるのか」が、どこから来ているか。本展の監修を務めた、押井守氏の人となりを理解する必要がありそうである。

 古くは80年代初頭の劇場用アニメ『うる星やつら』から始まり、私の中学時代には同窓にファンも多くいた『機動警察パトレイバー』や『攻殻機動隊』のシリーズ、また『タイムボカンシリーズ』や、『ニルスのふしぎな旅』、『まいっちんぐ マチコ先生』、『スプーンおばさん』、『赤い光弾 ジリオン』などの映像・映画制作に携わった人だそうである。

 本展では関連作品や実際の人形制作の実演なども行われていた今春公開予定の、日本テレビ、電通、ディズニー、東宝、三菱商事などが提携して制作された映画イノセンスにおいて、押井守氏は脚本を担当しているのだが、スタジオジブリに協力を仰いで制作に絡んでいるのが、プロダクション I .Gという会社だそうだ。

 私は「プロダクション I .G」について初耳だったのだが、『イノセンス』の公式サイトを調べてみると、先の押井守氏の作品に加え、映画『アルスラーン戦記』、『電影少女~VIDEO GIRL AI~』のOVA、あの『新世紀エヴァンゲリオン 劇場版』のシリーズ、ゲームで言えば、『グランストリーム伝紀』、『テイルズ オブ デスティニー』、『鉄拳3』、『サクラ大戦 2,3,4』、『VALKYRIE PROFILE』、『テイルズ オブ エターニア』などで制作に絡み、押井守氏との関連が深いことが知れ、その手のものが好きな人からは有名なプロダクションであることが分かった。

 この公式サイトでは予告編を動画で視聴できるようになっているが、本展でも大きなスクリーンで堪能することができる。ここで展示されていた「球体関節人形」とは一体何なのだろうか?これも先の「球体関節人形展」の公式サイトに説明があった。「人形のパーツのジョイント部分が球体状になっている人形。西洋では古くからある人形の様式であり、量産モデルの人形でも一般的に見られる形」とあるが、殊日本においては、60年代以降の澁澤龍彦を中心としたハンス・ベルメールの紹介者らの影響を受けて、先の説明とは赴きを変えたテイストで多くは広まっていったものだということが分かった。このハンス・ベルメール、私も一時期、好きだった作家の澁澤龍彦の影響を受けて読んだジョルジュ・バタイユの『マダム・エドワルダ』や、ルイ・アラゴンの『イレーヌ』などで、アンドレ・マッソンなどとともに、ハンス・ベルメールの描く挿絵にも興味を持ち、画集が欲しいと思ったこともあった。

 押井守氏もそのハンス・ベルメールの影響を受けた一人と書かれていたが、本展に作品も出展された四谷シモン氏もその代表的な一人だろうと思う。四谷シモン氏に関しては、2000年の夏に新宿小田急美術館で開催された『四谷シモン 人形愛』という展覧会を見に行き、画集を購入したときに本人にサインをもらったことがあった。そのときの氏の印象は、私から見れば芸術家というよりも、もはや職人のように見えた。もちろん球体関節人形に限らず、日本の伝統的な五月人形なども作るのは職人に違いないのだが。

 四谷シモン氏の自叙伝に『人形作家』(講談社)というものがある。その中で氏は次のように過去を振り返っている。「人形を作ることはもっとあたり前のどこにでもある職人的なことなんだ」「それからの僕は、職人技に徹しようと決心しました」――。

 また、今渋谷東急文化村で『金子國義展』が開催中だが、この金子國義氏や先の澁澤龍彦とともに、先日観に行った『肉体のシュルレアリスム 舞踏家 土方巽抄展』で語られた土方巽氏の舞台を観劇しに行ったことなども書かれてあり、その感想として、「すべてを削ぎ落とした冬を思わせる極限状態では、肉体と言語、もしくは、肉体と観念とは完全に同化してしまう一緒のものである」と言われている。

 この「肉体」と「観念」という表現に、本展を見終えた後では何かしらの連想を覚えてやまない。先ほどジョルジュ・バタイユの『マダム・エドワルダ』を引き合いに出したが、この作品のを松岡正剛氏が書いている。松岡正剛氏はその昔、氏が20代のときに『遊』という雑誌を創刊したが、その中の書き物から誕生した人物評をまとめた『遊学』(中央公論社)という本を、まさに今読んでいるところだったりする。

 そこには度々「物質」という言葉が登場するが、勝手な私の憶測で、この「物質」という言葉が妙に先の「肉体と観念」という言葉に共鳴する。「肉体(人間)と観念(言語)」がそのまま「物質と意識(魂)」、それがそのまま「機械(人形)と感覚(個性)」という風に連想してしまうのは読み違いだろうか。

 以前、自分の好きな澁澤龍彦と同世代の手塚治虫氏の作品である『鉄腕アトム』の話を書いた。この鉄腕アトムの容貌を思い出せば、それは人型ロボット(機械)であった。
 今春放映される「イノセンス(制作時の仮題は"攻殻機動隊2")」、それは2032年の日本を舞台とした物語――。『銀河鉄道999』では、もっと先の時代だったかもしれないが主人公が目指したサイボーグの体が当たり前のように手に入れることができる設定となっていた。――サイボーグ(もしくはロボット、人形)というイノセントな存在に、少女型愛玩ロボットが暴走するストーリーで近未来の危機感を描き、映画の主題でもある「いのちってなに?」というアンチテーゼをぶつけている。

 叶わぬ相手への思慕を募らせ、人形(人造人間)の持つ「永遠の命」的な概念に救いを求めようとして作られた作品に、ヴィリエ・ド・リラダンの未来のイヴがある。

 特に面白いのは、映画『イノセンス』に登場するキーとなるキャラクター、少女型愛玩用ロボット(アンドロイド)の名前が「HADARY(ハダリ)」、そしてそのアンドロイドがどこで作られたかというと「ロクス・ソルス社」という設定になっている。

 もう気が付かれたかと思うのだが、先の澁澤龍彦も愛してやまなかった作品『未来のイブ』の登場人物の中に英国人貴族エワルド卿がいる。彼はその"容貌のみ"を愛したアリシアにうりふたつの人造人間「ハダリー」を密かに作るのだ。
 そして、あのレーモン・ルーセルの一大奇書ロクス・ソルス(主人公カントレルが発明に勤しんだ"ロクス・ソルス荘"という別荘の名より)は、機械論者とも評される高山宏氏の訳本内で「独身者の機械(=愛のない快楽や慰みのための機械)」とも評されるが、『未来のイブ』に登場するエディソンの影響を受けていると言われる。『ロクス・ソルス』の訳者、岡谷公二氏はさらにその作品と、澁澤龍彦訳で有名な『さかしま』(J・K・ユイスマンス)に関連づけてゆく。「ロクス・ソルス」という言葉が、「孤立した場所を意味するラテン語が基になっている」という見地より、『さかしま』の主人公デ・ゼッサントが閉じこもった郊外の「城」――邸宅に重ね合わせている。

 そうした意味で、ある種のペダンチズムに満ちたというか、押井守氏の選抜オールスター的演出の『イノセンス』で、その問題の"ハダリ"を巡る物語が、どのように展開されてゆくのか見物だと思った。

 今回の展覧会を見て感じたことは、展示の仕方の工夫にもよるのだろうが、まるで私たちには分からない言語で人形同士は会話をしているのではないか?という錯覚に陥るくらい、独特の世界観を醸し出していたことだ。私たち「実在の人間」に対し永遠に他者でいようとする「球体関節人形」は、もしかしたら近い将来、20世紀初頭の機械崇拝の時代とは少し赴きを変えて、再び我らと相対峙することになるのではないか?そんな思いに駆られた展覧会であった。

カテゴリー:[ 美術展 ]

投稿者 cyberpoet : 18:11 | コメント (0) | トラックバック (0)