街角考現学・第7部 「信じる者は救われる?それとも騙される?」
今日のヤフーニュースに、あの「オレオレ詐欺」についてのトピックがあった。
騙される方はご高齢の方が多いので、安易に「何でこんなことで騙されるの?」と思ってしまうのも良くないと思うのだが、それにしても高齢者の方を騙すなんてひどい事件である。
私は今までにそんな大きく騙されたという記憶はない。もしかしたら、結果として騙されていたこともあったかもしれない。本人が気がつかないだけで。変な言い方だが、「成功した騙し」というのはこういうことなのかもしれない。
いろいろと浮き沈みの激しいサラリーマンゆえ、雑誌やWEBでもときどきカンフル剤のように見る『プレジデント』に、「職場の心理学」というコーナーがある。その中に「詐欺商法」について書かれたものがあったので読んでみた。
言われてみれば、最近はつとに詐欺系の事件が多い気もする。私が度々引用する、好きな作家オスカー・ワイルドの言葉に、「犯罪と文明との間には、本質的な不つり合いはない」というものがある。ネットオークション詐欺や、キーロガー系のソフトでクレジットカード番号や個人情報を盗み取ったりなどのサイバーテロが横行するような現世にあって、その間を縫うように原始的な犯罪(痴漢やスリ等)が再び増え始めたような感もある。
「詐欺」と聞くと、私の場合、自分の好きな作家でもある種村季弘氏の著作を連想してしまう。学生時代、詐欺をテーマとした氏の数ある著作の中で『山師カリオストロの大冒険』というものを読んだことがあったが、その中の挿話の一つに、史実を元にしたあの「王妃の頸飾り事件」について書かれた項があり、随分と興味深く読んだものだった。
宝石商のベーマーという人が、まるで後年になってギロチンで首を刎ねられることとなるマリー・アントワネットを予想していたかのように、曰く付きの多数のダイヤモンドをあしらった問題の首飾りを、一刻も早く彼女の首に飾ろうと売り込みを焦ったと言われる世界最大・最高級の首飾りを巡る史実。一昨年には『マリー・アントワネットの首飾り』と題して日本でも映画上映されたようで、私は見ていないのだが、かのゲーテをして「革命の幕開けであった」と言わしめ、現代でも世界の犯罪史上の中で大いに謎を残す一大事件として研究されているらしい。
もちろん、今回挙げた「オレオレ詐欺」のような類は、スケールから犯罪者自身まで、一個人的なものではあるのかもしれないが、各地で一斉に発生しているようなニュースが伝わってくるに、日本の経済不安もいくところまでいってしまったのではないか?と思えてきてならない。
作家や知識人の中では、人によって「騙される方が悪い」という方もいるようだ。いくら巧妙な手口とは言っても、大抵は「欲」が絡んでいる場合が多いと考えるからだそうだ。全部が全部そうではないと思うし、私としては「良心を逆手にとった詐欺」については通常の詐欺事件とは差別化して罪状を重くするべきだと考える。
ところで「欲」というところでは、極個人的には「宗教」も連想する。「宗教」を巡るトラブルは今も昔も絶えることがない。これは個人間でも国家間においてもやである。むしろ、「マスコミ VS 宗教」戦争のようなものまで繰り広げられるような昨今。その手の関連本も多く発刊されている。
これには異論・反論あると思うが、私が想像している「宗教」というものには、大体にして「欲」が絡んでいるように思えてならない。もちろん専門的なことは分からないが、「幸せになりたい」「幸せにしてあげたい」「意中の人と結ばれたい」「健康になりたい」「血をきれいにしてあげたい」「痩せたい」「金持ちになりたい」「頭が良くなりたい」「良い人になりたい」「運気を強くしたい」「平和な世の中にしたい」「人の上に立ちたい」etc……。全部「~したい」。しかも「出来るだけ最小限の努力」で。これは「欲」とは違うのか――。こうしてみると、これらの欲の解消のために宗教の扉を叩いてしまう人は、一般の生活者よりもむしろ短絡的、かつ欲深い人種のようにも思えてきてならない。
確かに、ほとんどの人がみんなお金は欲しいですよね?
現に、金銭的な犯罪の代表格である「脱税・所得隠し」に関しては、政治家や芸能人、芸能事務所、医者、風俗etc……と、およそ"金の集まるところに脱税有り!"というくらいに、現代における暗黙の了解の如く、今もなお繰り返し行われている「犯罪」である。この「脱税・所得隠し」で言えば、先のワースト職種に負けじとも劣らない摘発数の多い職種が実は「宗教法人」であったりするという統計もあるそうで。こういうことは「見て見ぬふりがベスト」と皆知っているだけに囁かれる現代の代表的タブーだとは思うのだが、いずれにしてもそういった行為を取り締まる"法律"がある以上、事実として「違法」であることに変わりはないだろう。
以上のことから、結局、「信じる者は救われる?それとも騙される?」という、内から沸き起こる密かな疑問について、賢明かつ妥当な意見があるとすれば、「疑うばかりは良くないけど、信じるばかりも良くないです」といったような半端な世相という感じだろうか?
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