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『孫悟空の誕生 サルの民話学と「西遊記」』 ~申年に因んで~

 明日は成人の日。最近では、毎年何かしらの騒ぎが起こる行事として、本来の主旨とは大分それたイベントとして人々の記憶に残っていっているのではないだろうか。総務省の発表によれば、今年の干支である申年生まれの新成人は152万人いるという。

 今年もらった年賀状には、「サル」をモチーフとした図柄や文章が目立った。そういう私も以前の申年の年賀状には、「申年ってことでウキウキしますね」なんて書いていたが……。

 ネット上でも解説があったが、申年の「申」には、「伸ばす」などの意味があるようで、景気が伸びてゆくことを願ったりする方もいたりした。いろいろ調べてゆくと、良い意味にも悪い意味にもとれる年のようである。

 ちょうど今年が申年であったので、「サル」関係の本でも読むかと思い立った。
サルと言えば……?「モンチッチ」の他にも、「見ざる聞かざる言わざる」とか、年賀状のモチーフにはいろいろ使えた年だったかと思う。アニメやマンガで言えば「ドラゴンボール」とか、ゲームで言えば「ソンソン(カプコン)」、「西遊記(コーエー)」などがあったかもしれない。

 本題の読書の件に戻るが、私の方は前々より買い置きしてあった、孫悟空の誕生―サルの民話学と「西遊記」を読んでいたが、つい最近読み終えた。

 実はこの本の著者である、中国文学者の中野美代子女史の著作には、私はその膨大な量のためにまだ読んでいないのだが、既に岩波書店の『西遊記』の訳本なども先行して刊行されている(著者足かけ20年の超大作訳出)。自分が読んだ作品で言えば、学生時代に卒業論文を書いた際に参考文献として利用した、『仙界とポルノグラフィー』(河出書房新社)がある。

 「西遊記」というと、実は私自身は見たことがないのだが、かつて夏目雅子さん、堺正章さん、西田敏行さん、岸部シローさんが出演したテレビドラマが有名である。
 そんな『孫悟空の誕生』の中では、女史のたゆまぬ研究努力の結果、実に様々な興味深い考察が随所に著されていた。

 元々中国の文学や民話・説話・伝承、『西遊記』誕生までに絡んだ『ラーマーヤナ』等のインド文学・思想、仏教や道教に因んだオリジナルテクスト、桃やマンドラゴラなどの植物に絡む博物学的なものなど、ほとんど触れたことすらないジャンルだったので、この本を読んでいて、もう少しいろいろ予備知識があればもっと楽しめたのになと感じた。

 先ほど申年の「申」には「伸ばす」の意があるとネットか何かで見たと言ったが、なぜ「伸ばす」の意があるのか、表意文字としての漢字という字体の成立上の問題(「伸ばす」の「伸」の"つくり"が「申」)だという点以外の理由がよく分からなかったのだが、この本を読んだところ少しは理解出来た。

 つまり、元来「干支」自体が、農耕文化と同じくして中国より日本に伝わった文化である「暦」に端を発している考え方で、私たちからしてみると、「サル」と言われて想像するのは、「いわゆる、サルって言ったら、あの"猿"だよね?」とか、多分想像しているのは、日光江戸村とかで活躍している、いわゆる「ニホンザル」しか親しみがない。

 私は社会人になった年に、割と地元である横浜市に、あの「横浜動物園 ズーラシア」がオープンしたので、女友達を誘って3人で行ったものである。
 その際、会社から一眼レフのカメラを借りて珍らかな動植物を撮りまくっていたが、なかにはあの有名な「キンシコウ(金糸猴)」もいて、珍獣とか説明されていた。ズーラシアのホームページでの解説を見ても分かるように、キンシコウの分布は中国のみで、分類上では「霊長目 オナガザル科(マカカ属)」に属するらしい。ニホンザルも分類上では「霊長目 オナガザル科(マカカ属)」に属するが、分布は日本にとどまっている。

 実は、この「キンシコウ(金糸猴)」の「猴」という字は、「サル」を意味するようなのである。他にも中国には、「サル」を意味する漢字が多くあり、それはすなわち、いわゆるサル系の動物が先の「キンシコウ(金糸猴)」以外にも様々な種のサルがいる国として、その特徴から漢字を使い分けていたのということになる。分類学については私は一度も勉強したことがないので詳しいことは分からないが、先日書いた、「『バラの宮廷画家 ルドゥーテ展』を見てきました。」で少し触れた植物学者リンネは、植物の特徴を「おしべやめしべの数・長さ」、つまり生殖器官の特徴で分類(セクシャル・システム)されたと言われている。

 『孫悟空の誕生』の中で表組みで解説されていた『本草綱目(他)』による「サル」の分類の中では、「腕の長短や、尾の長短」という分類をしていて、物語中で仙人から「孫悟空」という名を授かることとなった、花果山の岩山から現れた「美猴王(=明時代の呼称、宋の時代の『詩話』中では、"ビ猴王(常用漢字にありません)"と書かれたらしい)」(孫悟空が、それ以前に名乗っていた名前)の「ビ猴(ビコウ)」という字が意味する「サル」――、それがすなわち"大型のサル"のことを言うので、花果山の岩山でボスザルをしていた孫悟空のイメージとぴったり合うそうである。また、「アカゲザル」という「サル」が最も孫悟空に似ているので、モチーフになった可能性が高いとされていた。

 それから先の「伸ばす」云々についての問題も、東南アジアには「テナガザル」という種の「サル」もいて、おそらくはその辺が起因しているのではないか?と想像できた。また、良い意味も悪い意味も含んでいるというのは、根拠はないが物語中で表現されている「良い孫悟空と悪い孫悟空」という二元論的なキャラクター性で見たときにも関連性を感じるので面白い。正確なところはよく分からないが……。

 単に「申年の"申"って?」ってテーマだけ、むしろ1冊の本を読んだだけでも疑問が疑問を呼んで、何が何だか分からなくなってくるのと同時に、無性に新たな読書熱に侵されてゆくのが「読書」の特徴でもあり、また醍醐味でもあるような気がしている。今年こそは是非「読書」にチャレンジしたい!

カテゴリー:書評

投稿者 cyberpoet : 2004年01月11日 21:09

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