フィリップ・スタルクとバカラのコラボレーション
ときどき購読していた雑誌に「ELLE DECO」というものがある。一昨年の東京デザイナーズウィークの際に、多くのブティックやインテリアショップの建ち並ぶブランドストリート、青山-表参道を一人散歩したものだったが、その際に「ELLE DECO」も特設ブースを設けてあったので、雑誌を手にとってはじろじろと読んだものだった。
その関係でか、やはりときどき、エル・オンラインというサイトを見ることがあるのだが、その中の佐藤絵子さんのエッセイの中に、パリにあるバカラの旗艦店の場所が移ったというニュースを知った。
バカラというと、結婚式の引き出物とかで芸能人の人が配ることがあるという話を聞き、実際どんなものなんだろう?とか思っていたときに、先日お客様のところで、結構大きなクリスタルグラスを発見し、「これがバカラかぁ~!」とその輝きに驚嘆したので、興味を持って読んだ。
旗艦店は元々詩人のノアイユ夫人という方が住まわれていた館をリニューアルしたもののようで、リニューアルは、あのフィリップ・スタルクが担当したとのことだった。
高級インテリアに関しては私とは無縁の代物だが、スタルクの名は愛読誌「BRUTUS」を通して、名だけは聞いていた。浅草のアサヒビール本社の有名な金の炎のモニュメント「フラムドール」をデザインした人で、BRUTUSでは、既にミッドセンチュリーを代表する(チャールズ&)レイ・イームズや、昨今人気の北欧のデザイナー、アルネ・ヤコブセンやアルヴァ・アールト、日本でも展覧会の開催等で再び脚光を浴び始めている柳宗理やイサム・ノグチなどと並んで何度か特集が組まれている。
今回の件で知ったことだが、スタルクは元々、ピエール・カルダンで仕事をしていたことがあるそうで、ピエール・カルダンで連想するのは、LVMH(の合併前の前身企業)が起こった最大のきっかけとなった、フランスを代表するデザイナー、クリスチャン・ディオールの愛弟子ということ。フランスの伝統デザインについてはよく知らないので無責任な発言になるかと思うが、後で述べるバカラ社とスタルクとのコラボレーションは、フランスデザイン界における本流とも感じる。
調べてゆくと面白い関連事項もあり、今年2004年度はバカラ社創設240周年の年でもある。バカラ社が起こってまもなくの頃、当時最大のライバルであったボヘミアのガラス技術に唯一対抗し得るブランドとして、銀食器・カトラリー界を代表するクリストフル社と肩を並べる企業となった。
この2社に関しては、『絶景、パリ万国博覧会 サン・シモンの鉄の夢』(鹿島茂著)に詳しく書いてあり、当時意外にも熱心に読んでしまったこともあって、両者の輝かしい歴史の一端は頭の中にイメージとして残っている。
このバカラ社のクリスタル・ガラス製品が、なぜに日本で人気があるのかその経緯は知らないが、先の本の中では、1855年のフランス初の万国博覧会、そして日本が初めて参加した1867年の第2回パリ万国博覧会、1878年の第3回パリ万国博覧会において、毎回金賞やら大賞を受賞した企業だと紹介されていて、当時のバカラ社のブースをレポートした人が言った言葉が書かれてあったので引用してみると――、「最初、バカラの展示コーナーを見たとき、それはひとつの眩い輝きのように見える。無数の輝きの渦がそこからほとばしり、トパーズ、ルビー、エメラルド、サファイヤなどの鮮やかなあらゆる色彩がきらめく花火としか映らない」――というもので、絶賛している。その光景を想像してみるだけでも、さぞかし壮観な眺めであったのだろうと思われる。もしかしたら、今の日本で暗黙の支持があるのは、そうした歴史的・伝統的な背景があるのかもしれない。
そのような万国(世界中)のありとある素晴らしい技術を持った工房や企業が出展し、世界中の多くの人に産業革命の最先端を披露することで、既に美術においては世界を一歩リードしていたパリ(ヴェルサイユ)に大きなきっかけを与えることになったのは、1851年にロンドンで開かれた世界初の万国博覧会であった。
ロンドン万博の話になると話が変わっていってしまうので元に戻すが、あの世界を相手にした万博の会場で、訪問者の目を一気に集めたガラス工芸品としての極地であったバカラ社のクリスタルガラス製品。そんなフランスの産業を代表する伝統企業と組んだ、21世紀を代表する最先端デザイナー、スタルクの、今後も積極的に行われるだろうコラボレーション作品には目が離せないという人が増えるだろうと思われる。
これを機に、バカラ社の新しいムーブメントが起こる可能性もある。世界のデザイナーの多くは、日本の伝統文化の中には素晴らしい要素がたくさんあるのにとてももったいないような扱いを受けている、と指摘するが、私たちの想像する典型的な日本的文化はむしろ勢いがないようにも感じられる。
このことは日本にも近くこうした勢いのなくなった伝統文化を、再び世界を震撼させるような近代的なデザインへと昇華させるような――、例えば村上隆氏などのようなデザイナーが多く現れる兆候なのかもしれない。
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