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2004年01月26日

ヘルムート・ニュートン氏の事故死に黙祷を。

 ファッション広告界に君臨した女性のヌード写真家の巨匠、ヘルムート・ニュートン氏が交通事故で亡くなられたという訃報をニュースで見た。

 私は格別写真やファッションに興味があるわけではないが、結構ミーハーだった時代もあり、機会があればその手の展覧会などへ出かけたことがあったので、このニュースの記事にしばし見入った。
 2000年以降だけでも東京や大阪で氏の展覧会が催されたことがあったが、あいにく私はその展覧会へは行かずじまいだった。ヘルムート・ニュートンと言えば、なぜだかファッションに疎い私のような者でもその名に聞き覚えがあるものだ。

 ネット上で有名なファッション情報サイト、「週刊ファッション情報」や、「ファショコン通信」などで調べてもその名を見つけることができる。

 写真家である氏の携わった仕事の中には、あの「ヴォーグ」誌もあった。「ヴォーグ」誌は、誰もが知るファッション誌である。
 私も学生時代に、かの『ミラベラ誌』を発刊した現代アメリカのキャリア・ウーマン、グレース・ミラベラさんの書いた『ヴォーグで見たヴォーグ』を読んだことがあった。このミラベラ女史も、著作の冒頭にある謝辞の部分で、"ヘルムート・ニュートン"の名を挙げ敬意を表している。

 この辺の、いわゆるファッション、モード、ヌード、肖像写真、それからちょっとエロティックな作風の写真家とくれば、日本で言えばアラーキー(荒木経惟)が有名だが、外国人で挙げるとするならば、私が今挙げられる限りでは、古くはマン・レイや、ロバート・メイプルソープ、セシル・ビートン、クリフォード・コフィン、最近の新進気鋭の写真家ということであれば、ヴォーグ誌繋がりで、雑誌『STUDIO VOICE』においてかつて特集も組まれたことのあるイギリスのショーン・エリスなどがいるし、変わった路線で言えば、フェンディ、シャネルと渡り歩いたファッションデザイナー、カール・ラガーフェルドなどがそうだろう。カール・ラガーフェルドは、自らがデザインを手がけるブランドで広告写真を撮っていたと言われる。

 このうちマン・レイに関しては、1996年に東京駅にある東京ステーションギャラリーで開催された「マン・レイ写真展 1917~75」、2002年には渋谷東急文化村で開催された「マン・レイ写真展」を、クリフォード・コフィンについては、2000年に新宿伊勢丹美術館で開催された「クリフォード・コフィン写真展」を、その他ファッション系の展覧会と広義でいけば、1999年渋谷文化村の「パリ・モードの舞台裏」展、1998年新宿伊勢丹美術館の「アニエスベー エトセトラ」展、同年新宿三越美術館での「ポール・スミス トゥルー・ブリット」展、変り種でいけば、初期「アンアン(雑誌)」のアート・ディレクターを務めた堀内誠一氏の「雑誌と絵本の世界展」(平塚市美術館,1999年)などへ足を運んだが、いずれも興味深く観覧することが出来た展覧会だったと思う。

 これら近代写真史の中においても、輝かしく、かつセンセーショナルな業績を残したと言われるヘルムート・ニュートン氏のファンは日本人にも多いと言われている。今回の訃報に、その死を惜しむ声なども多かったのではないだろうか。

 ファッションの中心地・発祥の地とも言うべきフランスの風俗史を分かりやすく伝える鹿島茂氏の著作の中に、ベンヤミンやフロイト、マルクスの思想に触れた"モードと肉体"という項を書いたものがあった。

 解釈は違うが、そこで語られている上部構造と下部構造を、ファッション(モード)とヌード(肉体)に仮に分けて考えてみる。日々生きて、活動を続ける生身の身体に常に密着して、ファッションは肉体のそうした夢(生)の続きを演じ続けるという役割を担わなければならないのだと思うし、逆に考えれば、かつて読んだ上野千鶴子女史の『スカートの下の劇場』というトンデモ本で語られる女性の下着のように、「今まで隠されていた部分」に凝ったり、転じて露出することで新たな「美」の感覚を世に送り出し、やがてファッションの最先端で迎合されたという意味でも、ヘルムート・ニュートン氏の業績は大きいと言えるだろう。

 その名はもはや「ブランド」の冠を抱いたまま、少なからずファッション、広告写真史に永遠に残り続けることだろう。冒頭で書いた「ヘルムート・ニュートン展」(追悼展)が再度開かれることになれば、今度こそ私はその会場に足を運びたいと思っている。

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投稿者 cyberpoet : 20:56 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年01月24日

街角考現学・第7部 「信じる者は救われる?それとも騙される?」

 今日のヤフーニュースに、あの「オレオレ詐欺」についてのトピックがあった。
 騙される方はご高齢の方が多いので、安易に「何でこんなことで騙されるの?」と思ってしまうのも良くないと思うのだが、それにしても高齢者の方を騙すなんてひどい事件である。

 私は今までにそんな大きく騙されたという記憶はない。もしかしたら、結果として騙されていたこともあったかもしれない。本人が気がつかないだけで。変な言い方だが、「成功した騙し」というのはこういうことなのかもしれない。

 いろいろと浮き沈みの激しいサラリーマンゆえ、雑誌やWEBでもときどきカンフル剤のように見る『プレジデント』に、「職場の心理学」というコーナーがある。その中に「詐欺商法」について書かれたものがあったので読んでみた。

 言われてみれば、最近はつとに詐欺系の事件が多い気もする。私が度々引用する、好きな作家オスカー・ワイルドの言葉に、「犯罪と文明との間には、本質的な不つり合いはない」というものがある。ネットオークション詐欺や、キーロガー系のソフトでクレジットカード番号や個人情報を盗み取ったりなどのサイバーテロが横行するような現世にあって、その間を縫うように原始的な犯罪(痴漢やスリ等)が再び増え始めたような感もある。

 「詐欺」と聞くと、私の場合、自分の好きな作家でもある種村季弘氏の著作を連想してしまう。学生時代、詐欺をテーマとした氏の数ある著作の中で『山師カリオストロの大冒険』というものを読んだことがあったが、その中の挿話の一つに、史実を元にしたあの「王妃の頸飾り事件」について書かれた項があり、随分と興味深く読んだものだった。
 宝石商のベーマーという人が、まるで後年になってギロチンで首を刎ねられることとなるマリー・アントワネットを予想していたかのように、曰く付きの多数のダイヤモンドをあしらった問題の首飾りを、一刻も早く彼女の首に飾ろうと売り込みを焦ったと言われる世界最大・最高級の首飾りを巡る史実。一昨年には『マリー・アントワネットの首飾り』と題して日本でも映画上映されたようで、私は見ていないのだが、かのゲーテをして「革命の幕開けであった」と言わしめ、現代でも世界の犯罪史上の中で大いに謎を残す一大事件として研究されているらしい。

 もちろん、今回挙げた「オレオレ詐欺」のような類は、スケールから犯罪者自身まで、一個人的なものではあるのかもしれないが、各地で一斉に発生しているようなニュースが伝わってくるに、日本の経済不安もいくところまでいってしまったのではないか?と思えてきてならない。

 作家や知識人の中では、人によって「騙される方が悪い」という方もいるようだ。いくら巧妙な手口とは言っても、大抵は「欲」が絡んでいる場合が多いと考えるからだそうだ。全部が全部そうではないと思うし、私としては「良心を逆手にとった詐欺」については通常の詐欺事件とは差別化して罪状を重くするべきだと考える。

 ところで「欲」というところでは、極個人的には「宗教」も連想する。「宗教」を巡るトラブルは今も昔も絶えることがない。これは個人間でも国家間においてもやである。むしろ、「マスコミ VS 宗教」戦争のようなものまで繰り広げられるような昨今。その手の関連本も多く発刊されている。

 これには異論・反論あると思うが、私が想像している「宗教」というものには、大体にして「欲」が絡んでいるように思えてならない。もちろん専門的なことは分からないが、「幸せになりたい」「幸せにしてあげたい」「意中の人と結ばれたい」「健康になりたい」「血をきれいにしてあげたい」「痩せたい」「金持ちになりたい」「頭が良くなりたい」「良い人になりたい」「運気を強くしたい」「平和な世の中にしたい」「人の上に立ちたい」etc……。全部「~したい」。しかも「出来るだけ最小限の努力」で。これは「欲」とは違うのか――。こうしてみると、これらの欲の解消のために宗教の扉を叩いてしまう人は、一般の生活者よりもむしろ短絡的、かつ欲深い人種のようにも思えてきてならない。

 確かに、ほとんどの人がみんなお金は欲しいですよね?
現に、金銭的な犯罪の代表格である「脱税・所得隠し」に関しては、政治家や芸能人、芸能事務所、医者、風俗etc……と、およそ"金の集まるところに脱税有り!"というくらいに、現代における暗黙の了解の如く、今もなお繰り返し行われている「犯罪」である。この「脱税・所得隠し」で言えば、先のワースト職種に負けじとも劣らない摘発数の多い職種が実は「宗教法人」であったりするという統計もあるそうで。こういうことは「見て見ぬふりがベスト」と皆知っているだけに囁かれる現代の代表的タブーだとは思うのだが、いずれにしてもそういった行為を取り締まる"法律"がある以上、事実として「違法」であることに変わりはないだろう。

 以上のことから、結局、「信じる者は救われる?それとも騙される?」という、内から沸き起こる密かな疑問について、賢明かつ妥当な意見があるとすれば、「疑うばかりは良くないけど、信じるばかりも良くないです」といったような半端な世相という感じだろうか?

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投稿者 cyberpoet : 05:17 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年01月11日

『孫悟空の誕生 サルの民話学と「西遊記」』 ~申年に因んで~

 明日は成人の日。最近では、毎年何かしらの騒ぎが起こる行事として、本来の主旨とは大分それたイベントとして人々の記憶に残っていっているのではないだろうか。総務省の発表によれば、今年の干支である申年生まれの新成人は152万人いるという。

 今年もらった年賀状には、「サル」をモチーフとした図柄や文章が目立った。そういう私も以前の申年の年賀状には、「申年ってことでウキウキしますね」なんて書いていたが……。

 ネット上でも解説があったが、申年の「申」には、「伸ばす」などの意味があるようで、景気が伸びてゆくことを願ったりする方もいたりした。いろいろ調べてゆくと、良い意味にも悪い意味にもとれる年のようである。

 ちょうど今年が申年であったので、「サル」関係の本でも読むかと思い立った。
サルと言えば……?「モンチッチ」の他にも、「見ざる聞かざる言わざる」とか、年賀状のモチーフにはいろいろ使えた年だったかと思う。アニメやマンガで言えば「ドラゴンボール」とか、ゲームで言えば「ソンソン(カプコン)」、「西遊記(コーエー)」などがあったかもしれない。

 本題の読書の件に戻るが、私の方は前々より買い置きしてあった、孫悟空の誕生―サルの民話学と「西遊記」を読んでいたが、つい最近読み終えた。

 実はこの本の著者である、中国文学者の中野美代子女史の著作には、私はその膨大な量のためにまだ読んでいないのだが、既に岩波書店の『西遊記』の訳本なども先行して刊行されている(著者足かけ20年の超大作訳出)。自分が読んだ作品で言えば、学生時代に卒業論文を書いた際に参考文献として利用した、『仙界とポルノグラフィー』(河出書房新社)がある。

 「西遊記」というと、実は私自身は見たことがないのだが、かつて夏目雅子さん、堺正章さん、西田敏行さん、岸部シローさんが出演したテレビドラマが有名である。
 そんな『孫悟空の誕生』の中では、女史のたゆまぬ研究努力の結果、実に様々な興味深い考察が随所に著されていた。

 元々中国の文学や民話・説話・伝承、『西遊記』誕生までに絡んだ『ラーマーヤナ』等のインド文学・思想、仏教や道教に因んだオリジナルテクスト、桃やマンドラゴラなどの植物に絡む博物学的なものなど、ほとんど触れたことすらないジャンルだったので、この本を読んでいて、もう少しいろいろ予備知識があればもっと楽しめたのになと感じた。

 先ほど申年の「申」には「伸ばす」の意があるとネットか何かで見たと言ったが、なぜ「伸ばす」の意があるのか、表意文字としての漢字という字体の成立上の問題(「伸ばす」の「伸」の"つくり"が「申」)だという点以外の理由がよく分からなかったのだが、この本を読んだところ少しは理解出来た。

 つまり、元来「干支」自体が、農耕文化と同じくして中国より日本に伝わった文化である「暦」に端を発している考え方で、私たちからしてみると、「サル」と言われて想像するのは、「いわゆる、サルって言ったら、あの"猿"だよね?」とか、多分想像しているのは、日光江戸村とかで活躍している、いわゆる「ニホンザル」しか親しみがない。

 私は社会人になった年に、割と地元である横浜市に、あの「横浜動物園 ズーラシア」がオープンしたので、女友達を誘って3人で行ったものである。
 その際、会社から一眼レフのカメラを借りて珍らかな動植物を撮りまくっていたが、なかにはあの有名な「キンシコウ(金糸猴)」もいて、珍獣とか説明されていた。ズーラシアのホームページでの解説を見ても分かるように、キンシコウの分布は中国のみで、分類上では「霊長目 オナガザル科(マカカ属)」に属するらしい。ニホンザルも分類上では「霊長目 オナガザル科(マカカ属)」に属するが、分布は日本にとどまっている。

 実は、この「キンシコウ(金糸猴)」の「猴」という字は、「サル」を意味するようなのである。他にも中国には、「サル」を意味する漢字が多くあり、それはすなわち、いわゆるサル系の動物が先の「キンシコウ(金糸猴)」以外にも様々な種のサルがいる国として、その特徴から漢字を使い分けていたのということになる。分類学については私は一度も勉強したことがないので詳しいことは分からないが、先日書いた、「『バラの宮廷画家 ルドゥーテ展』を見てきました。」で少し触れた植物学者リンネは、植物の特徴を「おしべやめしべの数・長さ」、つまり生殖器官の特徴で分類(セクシャル・システム)されたと言われている。

 『孫悟空の誕生』の中で表組みで解説されていた『本草綱目(他)』による「サル」の分類の中では、「腕の長短や、尾の長短」という分類をしていて、物語中で仙人から「孫悟空」という名を授かることとなった、花果山の岩山から現れた「美猴王(=明時代の呼称、宋の時代の『詩話』中では、"ビ猴王(常用漢字にありません)"と書かれたらしい)」(孫悟空が、それ以前に名乗っていた名前)の「ビ猴(ビコウ)」という字が意味する「サル」――、それがすなわち"大型のサル"のことを言うので、花果山の岩山でボスザルをしていた孫悟空のイメージとぴったり合うそうである。また、「アカゲザル」という「サル」が最も孫悟空に似ているので、モチーフになった可能性が高いとされていた。

 それから先の「伸ばす」云々についての問題も、東南アジアには「テナガザル」という種の「サル」もいて、おそらくはその辺が起因しているのではないか?と想像できた。また、良い意味も悪い意味も含んでいるというのは、根拠はないが物語中で表現されている「良い孫悟空と悪い孫悟空」という二元論的なキャラクター性で見たときにも関連性を感じるので面白い。正確なところはよく分からないが……。

 単に「申年の"申"って?」ってテーマだけ、むしろ1冊の本を読んだだけでも疑問が疑問を呼んで、何が何だか分からなくなってくるのと同時に、無性に新たな読書熱に侵されてゆくのが「読書」の特徴でもあり、また醍醐味でもあるような気がしている。今年こそは是非「読書」にチャレンジしたい!

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投稿者 cyberpoet : 21:09 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年01月07日

フィリップ・スタルクとバカラのコラボレーション

 ときどき購読していた雑誌に「ELLE DECO」というものがある。一昨年の東京デザイナーズウィークの際に、多くのブティックやインテリアショップの建ち並ぶブランドストリート、青山-表参道を一人散歩したものだったが、その際に「ELLE DECO」も特設ブースを設けてあったので、雑誌を手にとってはじろじろと読んだものだった。
 その関係でか、やはりときどき、エル・オンラインというサイトを見ることがあるのだが、その中の佐藤絵子さんのエッセイの中に、パリにあるバカラの旗艦店の場所が移ったというニュースを知った。

 バカラというと、結婚式の引き出物とかで芸能人の人が配ることがあるという話を聞き、実際どんなものなんだろう?とか思っていたときに、先日お客様のところで、結構大きなクリスタルグラスを発見し、「これがバカラかぁ~!」とその輝きに驚嘆したので、興味を持って読んだ。

 旗艦店は元々詩人のノアイユ夫人という方が住まわれていた館をリニューアルしたもののようで、リニューアルは、あのフィリップ・スタルクが担当したとのことだった。

 高級インテリアに関しては私とは無縁の代物だが、スタルクの名は愛読誌「BRUTUS」を通して、名だけは聞いていた。浅草のアサヒビール本社の有名な金の炎のモニュメント「フラムドール」をデザインした人で、BRUTUSでは、既にミッドセンチュリーを代表する(チャールズ&)レイ・イームズや、昨今人気の北欧のデザイナー、アルネ・ヤコブセンやアルヴァ・アールト、日本でも展覧会の開催等で再び脚光を浴び始めている柳宗理やイサム・ノグチなどと並んで何度か特集が組まれている。

 今回の件で知ったことだが、スタルクは元々、ピエール・カルダンで仕事をしていたことがあるそうで、ピエール・カルダンで連想するのは、LVMH(の合併前の前身企業)が起こった最大のきっかけとなった、フランスを代表するデザイナー、クリスチャン・ディオールの愛弟子ということ。フランスの伝統デザインについてはよく知らないので無責任な発言になるかと思うが、後で述べるバカラ社とスタルクとのコラボレーションは、フランスデザイン界における本流とも感じる。

 調べてゆくと面白い関連事項もあり、今年2004年度はバカラ社創設240周年の年でもある。バカラ社が起こってまもなくの頃、当時最大のライバルであったボヘミアのガラス技術に唯一対抗し得るブランドとして、銀食器・カトラリー界を代表するクリストフル社と肩を並べる企業となった。

 この2社に関しては、『絶景、パリ万国博覧会 サン・シモンの鉄の夢』(鹿島茂著)に詳しく書いてあり、当時意外にも熱心に読んでしまったこともあって、両者の輝かしい歴史の一端は頭の中にイメージとして残っている。

 このバカラ社のクリスタル・ガラス製品が、なぜに日本で人気があるのかその経緯は知らないが、先の本の中では、1855年のフランス初の万国博覧会、そして日本が初めて参加した1867年の第2回パリ万国博覧会、1878年の第3回パリ万国博覧会において、毎回金賞やら大賞を受賞した企業だと紹介されていて、当時のバカラ社のブースをレポートした人が言った言葉が書かれてあったので引用してみると――、「最初、バカラの展示コーナーを見たとき、それはひとつの眩い輝きのように見える。無数の輝きの渦がそこからほとばしり、トパーズ、ルビー、エメラルド、サファイヤなどの鮮やかなあらゆる色彩がきらめく花火としか映らない」――というもので、絶賛している。その光景を想像してみるだけでも、さぞかし壮観な眺めであったのだろうと思われる。もしかしたら、今の日本で暗黙の支持があるのは、そうした歴史的・伝統的な背景があるのかもしれない。

 そのような万国(世界中)のありとある素晴らしい技術を持った工房や企業が出展し、世界中の多くの人に産業革命の最先端を披露することで、既に美術においては世界を一歩リードしていたパリ(ヴェルサイユ)に大きなきっかけを与えることになったのは、1851年にロンドンで開かれた世界初の万国博覧会であった。

 ロンドン万博の話になると話が変わっていってしまうので元に戻すが、あの世界を相手にした万博の会場で、訪問者の目を一気に集めたガラス工芸品としての極地であったバカラ社のクリスタルガラス製品。そんなフランスの産業を代表する伝統企業と組んだ、21世紀を代表する最先端デザイナー、スタルクの、今後も積極的に行われるだろうコラボレーション作品には目が離せないという人が増えるだろうと思われる。

 これを機に、バカラ社の新しいムーブメントが起こる可能性もある。世界のデザイナーの多くは、日本の伝統文化の中には素晴らしい要素がたくさんあるのにとてももったいないような扱いを受けている、と指摘するが、私たちの想像する典型的な日本的文化はむしろ勢いがないようにも感じられる。
 このことは日本にも近くこうした勢いのなくなった伝統文化を、再び世界を震撼させるような近代的なデザインへと昇華させるような――、例えば村上隆氏などのようなデザイナーが多く現れる兆候なのかもしれない。

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投稿者 cyberpoet : 05:03 | コメント (0) | トラックバック (0)