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『闇をひらく光』 ~照明について、ふと考えた~

 今やどこの国でも家庭でも――、バシュラールの『蝋燭の焔』から引用すれば、「われわれは、管理された光の時代に生きている」というくらい――ほとんど当たり前のように利用されている照明だが、一昔前まではあらゆる意味で貴重な「光」だったそうである。

 昨今、北欧の照明器具がオシャレだとか言われ始めて久しいが、その言われの発端がいつのことだったのかは詳しく分からなかった。ただ少なくとも私が学生時代にその周辺に興味を抱き、ゼミで「直接照明と間接照明の文化圏における文体・物語の構造比較」系のものを書いたことがあったので、おそらくはそれ以前からあるブームのようにも思う。結論がないまま書いたので焦点のぼやけた論文だった記憶があるが、小説や詩、言語(規則)などにまで、対象を語るときのスポットライトの当て方が日本と欧米諸国のものでは違うように感じるが、これは照明の歴史の変遷とリンクしやしないか?という憶測から試みた実験的な論文だった。発想は高校時代の担任が授業中に紹介していた石川啄木の『一握の砂』に出てくる「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる」という歌を挙げて日本人観を謳った(cf.『「縮み」志向の日本人』)評論家がいるという話が発端だった。

 当時参考文献として使用したものの中に、闇をひらく光 19世紀における照明の歴史』/ヴォルフガング・シヴェルブシュ著、小川さくえ訳(法政大学出版局)というものがあった。イギリスの産業発展に寄与した工業用照明から始まり、フランスで蝋燭や暖炉の灯にとって代わり各家庭にまでゆき渡ったガス灯、街路を照らし出したアーク灯など、その発展の歴史をざっと振り返ることが出来る本である。

 本書では、人類にとっての火の三大文化機能であった「煮炊き」「暖房」「照明」の中で、太古の時代はそれらが集約された要素であった火の機能だが、最も早くに分離・独立したのが照明であると書いている。

 同時にそれは象徴的な意味合いを強く持つようにもなる。どういうことかと言えば、もし光が発展しなければ影も発展しなかった筈である。具体的に言えば、フランスの画家ラ・トゥールを先駆とする光の明暗を美しく描くそれ以降の画家も誕生しなかったろうし、舞台芸術などもここまで発展していなかったかもしれない。「フォーカス」という言葉も、同名の照明装置がガス灯の発明によって生まれたものであるので、その後の「スター」という概念も誕生しなかったかもしれない。イングリッド・バーグマン主演の名作映画『ガス燈』ももちろん発想され得なかったろう。

 他に今のパリにもしエッフェル塔が建たなければ、当時のコンペでの代案としてあった「太陽の塔」というモニュメントが建造されていたという。文字通り太陽の代わりをなす光源を持つ塔だったようである。その生活の全てを照らす照明だが、時には防犯の上でも役に立ったとある。今でも夜道を女性が一人歩きをするのには抵抗がある人もいると思うが、19世紀ヨーロッパ、とりわけベルリンなどでは閂をおろすのが条例で定められていたほど夜間は危険な時間帯であったそうで、街灯設置後は夜間の犯罪が減ったともいう。また、それだけに街灯を破壊する行為は器物破損という秩序的犯罪というよりも刑事罰が課せられていたほど、象徴的な意味を含んでいたのである。

 事実、1871年3月のパリ・コミューン(自治政府)弾圧の時代、武装解除を要求する臨時政府から自立を宣言した国民軍・労働者・市民たちは、史上初の労働者による政権を握り(パリ・コミューン)、極端な社会主義政策を行ったが、そのときのエピソードとして、自由の確立を象徴するかのように国民軍たちが街中の街灯を壊して歩いたという話もあった。それは以前の1830年、七月革命の際に国王軍に対抗するため、市民が街中のありとあるランタンを破壊し、バリケードを組んで「パリを難攻不落」にしたという史実に基づいているのかもしれない。

 その後、照明の発展に伴ってその眩し過ぎる光源を覆う"かさ"にも効果を含めてデザインや機能性が追求されるようになってゆく。そうして、ガレをはじめとする19世紀末のアール・ヌーヴォー期に花開く芸術的作品の登場までしばらく待つことになるのであった。それ以前までは象徴的意味合いの強かった照明が、今度は人々の生活の中に介在してきたのである。

 今の世の中では、こうした身近な照明がどのように使われているだろうか。こうした歴史を顧みた後で眺めてみると、いつもとは違ったイメージで「物」が見えてくる。これが楽しい。

カテゴリー:書評

投稿者 cyberpoet : 2002年10月20日 01:26

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