失われた"動機"を求めて――。
音楽用語に「動機(モチーフ)」というものがある。
これは一般に、テーマ(主題)を構成する最小限の音楽単位である旋律のこと言う。広義にリフなどを意味することもあるが、主にはメインテーマまでの布石、きっかけとして用いられる用語だと思っている。
リルケの詩に、「音楽」の起源が記されていた。
ギリシャ神話の挿話中、オルフェウスの弟として描かれる音楽家のリノスがヘラクレスに殴殺された際、リノスの死を悼む人々の慟哭が響き渡ったものが音楽となったというものである。
物事には必ず、これらのように何らかの「動機」がある筈である。動機によって、その後を構成する主題が決まると言っても過言ではない。動機に裏づけされていない行為はミステリアスだが、音楽の個人的趣味に限って言えば、動機の不明なメロディーほど理解に苦しむものはない。
最近に限ったことではないが、バラエティーやルポを題材としたテレビ番組の構成等によく見られるが、明らかに結果があって番組が構成されているかのような編集が多々ある。将来の設計に悩む若者に対するゲストコメンテーターの言葉も、妥当な意見を述べるので一見正当なものに見えるが、よくよく考えてみると結構無責任なものだったりすることが多い。これは番組の主旨が、あらかじめ「目的意識のないフリーター生活を早くに脱却して、きちんとした社会人になれば夢が叶う、もしくは夢を貫けばフリーターからでも憧れの仕事に就ける」といったような「主題」を元に構成されるから、そういった表面上だけの、見え透いた中身になるのではないか?と推測する。
何か事を起こそうとするときには、必ず動機付け(モチベーション)というものを欲する。これがないまま闇雲に行動すると、後々空虚な思いを抱くようになることが少なくない。
企業でも個人でも、創始者や自我の持つ動機を忘れ、ただ「主題(現状)」と「結果」だけを追い求めた結果、展開はあらぬ方へいき、ポリシーや本心に反する行動に出たりすることがあるのではないか?
「何かがおかしい」「どこか変だ」
皆、何となくは気が付いていても、全体的なゆっくりとした情勢や感情の変化が、その間に起こる重要な異変について感知するのを遅らせる、ある種の麻痺状態を引き起こす。
何かを作り上げては壊し、作り上げては壊し……、人間は何かを壊してからでないと、新しいものを作り出すことが出来ないくらい、初めて火を起こした時代からしばらくの時を経て創意工夫の精神を忘れてしまったのか、それとも余りに多くの発見をし過ぎてしまったのか……。そんなことを考えた一日だった。
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