「丸ビル」逍遥 ~新生丸の内ビルディングに胸ときめいて~
かつて、中原中也や西条八十&中山晋平も詩った、ランドマークの先駆けとも言える「丸ビル」が、来月6日に新装開業するという話が今朝の新聞にあった。これも様々な情報誌で取り上げられている東京地区再開発プロジェクトの一環事業の一つなのであろうか?
■三菱地所
http://www.marubiru.jp/pre/
http://www.mec.co.jp/report/marubiru/maru_top.html
ここ丸の内界隈は、今でも「三菱村」などと呼ばれるが、歴史上名高い岩崎弥太郎で知られる三菱財閥の後継者が切り開いた土地である。ちょうど渋谷が、東急と西武の戦いで発展していったように、他の区域との差別化を図りながら摩擦を起こして「近代」への発展を遂げていったホワイトカラーの象徴として、バブルの時期は学生たちの多くが就職先に望み、またトレンディードラマの舞台にもなるほどエリート色の強いモダンな街としての印象が強かった。もちろん調べていくと、もっとすごく歴史と内容のある街のようである。
学生時代私は、特に丸の内に憧れていたというわけではないのだが、偶然、東京駅のそばの会社でアルバイトをすることになったことがあった。昼時や終業後はときに丸ビルにあった森永の喫茶店でお茶をすることもあった。
そういうこともあり、特に建築を専攻していたことはないのにも関わらず、「唱歌・童謡学」というゼミに入っていた関係で、中原中也と立原道造の比較論文を作品鑑賞とフィールドワークとを絡めて書いたことがあって、その際にも丸ビルを眺めに行ったことがあったので、何となくの思い出に残っていたということでこれを書いているだけである。
平成9年、そんな丸ビルも老朽化は否めず、再開発の計画に入っていたようで、皆に惜しまれつつも取り壊しが決まった。当時、取り壊し反対派の人々によって、丸ビルを手を繋いで取り囲んだというニュースがまだ記憶に新しい。もしかするとその頃既に国や企業の方針で、今の東京再開発の大プロジェクトが密かに進行していたのかもしれない。私は当時そんなことは全く知らなかった。
オープン後はありきたりなテナント展開だけでなく、ITベンチャーや学識者の他、異業種交流を進めるスペースが確保され、グルメやファッションなどのエンタテインメント性も取り入れられることになるという。
もし台場や晴海のようではなく、本当に期待通りの街に大変身するようだったら、是非一度、刺激を求めて訪れてみたいと思った。
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